吸血鬼映画は、ホラー映画で最も人気のあるクラシックモンスターのジャンル・テーマのひとつ。サイレント映画時代に最初の吸血鬼映画「吸血鬼ノスフェラトゥ」(1922年)が生まれ、「魔人ドラキュラ」(1931年)が決定版となり、以降の吸血鬼映画に多くの影響を及ぼした。1958年の「吸血鬼ドラキュラ」の大ヒットで、ジャンルが革新・多様化されていく。女吸血鬼ものは定番化し、1950年代から60年代にはSFホラー系が流行り、70年代にはエロティック・バンパイア路線も人気を博した。80年代にはコメディ風味の「フライトナイト」(1985年)がヒットし、90年代以降は、アクション・ファンタジー・ラブコメなど他ジャンルとの融合が進み、ダークファンタジーの『アンダーワールド』シリーズ、ファンタジー・ラブロマンスの「トワイライト(の映画作品)」シリーズなどが定番人気になっている。このまとめは、吸血鬼映画のジャンルを代表する名作・珍作・傑作を時系列に体系化して年代記としてまとめている。吸血鬼映画ゆえに、スプラッター描写・出血量が多めの画像や映像が多いので閲覧注意。苦手なお方は閲覧を控えるようお願いいたします。
戦前戦後の「吸血鬼映画」の古典的名作・原点。
吸血鬼映画は、110年以上前の映画創成期からすでに作られ、いまも新作が人気シリーズからどんどん出てくる人気モンスター。恐怖(残酷性)とエロティシズムという2大要素を内包した怪物なので無限に尽きることがない。最初期の有名な吸血鬼映画は、禿げ頭の吸血鬼が特徴の「吸血鬼ノスフェラトゥ」(1922年)。そして1931年には「魔人ドラキュラ」が登場。映画は世界的に大ヒットした。ユニバーサルは怪奇映画で名をはせることになる。
吸血鬼映画の元祖「吸血鬼ノスフェラトゥ」(1922年) / 「不気味な怪物型」ドラキュラ伯爵タイプの元祖
あらゆる吸血鬼映画の原点。ホラー映画に登場するバンパイアは、ハンサムでセクシーな紳士型のドラキュラ伯爵タイプと、醜悪で不気味な怪物型の本作「吸血鬼ノスフェラトゥ」のオルロック伯爵タイプの2タイプが存在する。「美形紳士型」と「不気味な怪物型」のどちらも人気があり、特撮技術が進化する2000年以降は、『ヴァン・ヘルシング』のように両方の要素を兼ね備えたタイプが主流になってくる。
『吸血鬼ノスフェラトゥ』(原題:Nosferatu – Eine Symphonie des Grauens)は、F・W・ムルナウにより1922年に作成されたドイツ表現主義映画。ヴァンパイアを扱ったホラー映画の元祖として知られる。
ブレーメンの不動産業屋で働く青年フッターは、上司の命令でトランシルバニアのオルロック伯爵の城を訪れる。しかし、実はオルロック伯爵は恐ろしい吸血鬼だった。正体を知られたオルロック伯爵はフッターを城に幽閉し、棺と共に船に乗り込んでブレーメンへと向かう。
禿げ頭の吸血鬼オルロック伯爵の不気味なキャラクター像が強烈なインパクトを残す。美形紳士型ではない、醜悪で不気味な怪物型の吸血鬼の元祖。
スキンヘッドに異様な鷲鼻とギョロ目という吸血鬼の造形と、超自然的な恐怖を積み重ねていく演出によって独特な映像カタルシスに誘われる怪奇映画の古典。
吸血鬼映画の記念碑的な不朽の名作「魔人ドラキュラ」(1931年) / 戦前のホラー映画ブームを巻き起こした。伝統的ゴシックホラーにおける貴族的な2枚目であるドラキュラ像のイメージが定着した。
ユニバーサル映画の「魔人ドラキュラ」のドラキュラ伯爵を演じるベラ・ルゴシは、ロマンティックで、ヨーロッパの貴族的なマナーを持ち威厳があった。英ハマー・フィルム製のクリスファー・リーが演じたドラキュラも貴族然としていたが、こちらはもっと重厚。
『魔人ドラキュラ』(原題:Dracula)は、アメリカのユニバーサル映画が製作したホラー映画。1931年2月14日公開。主演ベラ・ルゴシ、監督はトッド・ブラウニング。日本では1931年10月8日にリリースされた。ドラキュラ伯爵とヴァン・ヘルシング教授の闘いを描いた。
完成した本作は、スローなテンポで荘厳なゴシックホラーの世界を映像で再現。ユニバーサルは、「魔人ドラキュラ」と「フランケンシュタイン」(1931年)の世界的な大ヒットによってホラー映画の名門になった。
ベラ・ルゴシの「魔人ドラキュラ」の世界的なヒットによって、黒ずくめに襟の立ったマントなど、(伝統的ゴシックホラーにおける)ドラキュラのイメージが定着した。ドラキュラ役で主演したベラ・ルゴシも世界に知られる怪奇スターとなった。
本作でルゴシの演じたドラキュラは、イギリスに渡って後も夜会服を身に纏い、全編に渡って風格と妖気を見せ付け、貴族的な二枚目であるドラキュラ像を作り上げた。またルゴシのハンガリー訛りはドラキュラの代名詞となった。
女ドラキュラ(1936年) / レズビアン・ヴァンパイア(レズビアン要素を持った吸血鬼映画)が描かれた元祖。
『女ドラキュラ』(原題:Dracula’s Daughter)は、1936年に製作されたアメリカ映画。ブラム・ストーカーの短編小説『ドラキュラの客』の映画化作品。1931年に製作された『魔人ドラキュラ』の続編。レズビアン・ヴァンパイア(レズビアン要素を持った吸血鬼映画)が描かれた元祖。
「吸血鬼ドラキュラ」の大ヒットで、ジャンルが革新した50年代から60年代
ドラキュラが再度脚光を浴びるようになったのは、イギリスのハマー・フィルムによる「吸血鬼ドラキュラ」の登場によって。クリストファー・リーが演じるドラキュラ伯爵は空前絶後のハマリ役。50年代以降は、特撮技術の進化によりSF映画ブームが到来し、SFホラーテイストの吸血鬼映画も作られた。女性の美貌やヌードを売りにする作品も増えてくる。
吸血鬼映画の金字塔「吸血鬼ドラキュラ」(1958年) / ホラー映画史上屈指の傑作として名高い。ドラキュラ伯爵を演じる「クリストファー・リー」は、ホラー映画史に君臨する名スターになった。
『吸血鬼ドラキュラ』(原題:Dracula、アメリカ公開題名: Horror of Dracula)は、1958年のイギリスのハマー・フィルム・プロダクション製作の映画。ブラム・ストーカー原作の『吸血鬼ドラキュラ』の映画化。ホラー映画史上屈指の傑作として名高い。戦後ホラーの黄金コンビとされるピーター・カッシングとクリストファー・リーの共演作で、監督はテレンス・フィッシャー。初のカラーフィルムによるドラキュラ映画でもある。
「吸血鬼ドラキュラ」の世界的な大成功によって、ドラキュラ伯爵を演じる「クリストファー・リー」は、ホラー映画史に君臨する名スターになった。クリストファー・リーが演じるドラキュラは、貴族的なダンディズムと野性的なエロティシズムを兼ね備えており、以後のドラキュラ伯爵像を決定づけた。
吸血鬼ハンターのヴァン・ヘルシング博士を演じる「ピーター・カッシング」は、その演技力と存在感でクリストファー・リー、ヴィンセント・プライスと共に戦後の三大怪奇スターと称された。
ジョナサン・ハーカーは、棺桶に眠る女吸血鬼の心臓に杭を打つ。心臓に杭を打たれた途端、女吸血鬼は、たちまち老婆になる。こうすることによってのみ、ドラキュラの魔力から女性を解放し、永遠の安息を死体に得させることができる。
ヘルシング(ピーター・カッシング)は、ドラキュラを朝の神聖な陽光にさらし、燭台で作った十字架をかざして追い詰めた。ラストの一騎打ちは、当時話題に。宿敵に敗れて灰になるドラキュラという基本パタンも出来上がった。
- 「吸血鬼ドラキュラ」のクライマックス「ドラキュラ伯爵の最期」
- ピーター・カッシングが演じる吸血鬼ハンターのヴァン・ヘルシング博士とクリストファー・リーが演じるドラキュラ伯爵の最後の戦い。数百年の間生き血を吸いつづけてきた吸血鬼は、太陽の光のもとにみるみる一塊の灰と化した。「吸血鬼ドラキュラ」は、前作の大ヒットした『フランケンシュタインの逆襲』以上に、世界的に大ヒットし、カッシングとリーは共に世界的知名度を持つ怪奇映画の大スターとなった。この分野の黄金コンビと称されるようになった。
血ぬられた墓標(1960年) / 主演女優のバーバラ・スティールはイタリアのホラー映画の女王(怪奇幻想・ゴシックホラーのヒロイン)として大人気に。
魔女と乙女を演じ分けるバーバラ・スティールはイタリアのホラー・クィーンとなった。どこか暗い陰のある妖艶な美貌は、まさに怪奇幻想・ゴシックホラーのヒロインにうってつけだった。
血ぬられた墓標(原題:BLACK SUNDAY/THE MASK OF SATAN)は、1960年のイタリアのゴシック・ホラー、怪奇映画のクラシック。イタリア怪奇映画の父、マリオ・バーヴァの記念すべき監督第1作。イタリアン・ホラー映画の不朽の名作。 純真無垢な娘カティアと、その先祖である邪悪な姫君アーサの二役をバーバラ・スティールが演じ、ホラー映画の女王として人気を集めた。
18世紀、魔女として処刑された王女アーサは一族を呪いつつ死んだ。それから100年が経過し、魔女はカティア王女に取り憑いた。王女の恋人が異常に気づき、魔女と対決することに。
マリオ・バーヴァ監督の『血塗られた墓標』冒頭、内側に無数のトゲがある鉄仮面のマスクをアーサ姫(バーバラ・スティール)の顔にかぶせる。18世紀のバルカン地方。魔女として刑に処された王女は顔に鉄仮面を打ち付けられ、一族を呪いながら火あぶりにされた。
内側に無数のトゲがある鉄仮面のマスクをアーサ姫(バーバラ・スティール)の顔にかぶせ、ハンマーで叩くとマスクの下から血が噴き出すという残酷シーン。
医師のクルーバイアン教授がヴァンダ城の納骨堂の棺の中で眠るアーサのマスクを脱がすと、穴だらけの顔をサソリが這いずり回っていた。残酷すぎるシーンとして日本での映画公開(アメリカ版)当時にはカットされた。
穴だらけの顔で大きな目を見開いたバーバラ・スティールの姿が印象的。
18世紀のバルカン地方、魔女とみなされ火炙りの刑に処された王女アーサは一族を呪いながら息絶えた。それから一世紀後、人間の血を吸って礼拝堂の石棺から復活した王女アーサは、自分の曽孫にあたる美しい娘カティアに宿り怨みをはらそうとする……。
吸血鬼ドラキュラの花嫁(1960年)
『吸血鬼ドラキュラの花嫁』(原題:The Brides of Dracula)は、1960年に公開されたイギリスのハマー・フィルム・プロダクション製作の映画。『吸血鬼ドラキュラ』の続編で、『ドラキュラシリーズ』第2作である。鎖から解き放たれた悪鬼マインスター男爵に、ヴァン・ヘルシング教授が立ち向かう!
血とバラ(1961年)
『血とバラ』(原題: Et mourir de plaisir/BLOOD AND ROSES)は、1960年に製作されたフランス・イタリア合作映画。カーミラとジョルジアのレズビアンシーンはその後のジャンルを形作った。
ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュの小説『カーミラ』/『吸血鬼カーミラ』を下敷きにしている。
『血とバラ』は、ドラキュラの祖という評価がなされるジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュの小説『カーミラ』を下敷きにしている。『カーミラ』における吸血鬼の造形は、アイルランドの吸血鬼伝承が基になっており、貴族的、美形、棺桶で眠る、心臓に杭を打たれて死ぬ、などの特徴はドラキュラに引き継がれ、以降の吸血鬼作品の定番となった。『カーミラ』に登場する吸血鬼が女性であることも特徴的で、発表された当時では女性の吸血鬼は珍しかった。そしてこの女吸血鬼がターゲットとする相手も全て女性であり、レズビアニズム溢れる作品になっている。
モノクロ映像の中で真っ赤な手袋をした女性たちが裸でベッドに横たわるカルミラに怪しげな治療を施す耽美的な幻想シーンが描かれた。シュールで独特の美意識が画面に織り込まれる。
吸血鬼作品の代表作に数えられる『カーミラ』だが、『ドラキュラ』や『ノスフェラトゥ』が幾度も映画化されたにもかかわらず、『カーミラ』を扱った映画は数える程しか無く、それらに比べてマイナーな存在になっている。
地球最後の男(1964年)
モダン・ゾンビ映画にも影響を与えたSFホラー映画『地球最後の男』。
『地球最後の男』(ちきゅうさいごのおとこ、The Last Man on Earth)は、SFホラー作家のリチャード・マシスンが1954年に発表した小説 “I Am Legend” (邦題は『吸血鬼』、のち『地球最後の男』、『アイ・アム・レジェンド』と改題)を原作とした1964年公開のイタリア・アメリカ合作のSFホラー映画。
1970年代、人間を死に追いやった後に吸血鬼として甦らせる吸血ウイルスが、世界中に蔓延した。人類が滅びる中、ただ一人生き残ったロバート・ネヴィルは、夜な夜な自分の家の周囲に集い、騒ぎ立てる吸血鬼たちと孤独感に苦しみながら、昼間は眠る吸血鬼たちを狩り出して杭を打ち込みながら、生活必需品の確保と、吸血鬼退治の方法を研究し続けるのだった。
夜になると徘徊し襲撃してくる吸血鬼の(群れの)描写は、ゾンビ映画の記念碑的作品であるジョージ・A・ロメロ監督の『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』に多大な影響を与えた。
吸血鬼(1967年)
ロマン・ポランスキー監督は、『吸血鬼』に出演した女優シャロン・テートと1968年に結婚する(2度目の結婚)。しかし翌1969年8月9日、テートは友人らとロサンゼルスの自宅でパーティーの最中、チャールズ・マンソン率いるカルト教団に襲われ惨殺された(テート・ラビアンカ殺人事件)。当時、テートはポランスキーの子を身ごもっており、妊娠8ヶ月だった。
『吸血鬼』(The Fearless Vampire Killers, 原題: Dance of the Vampires)は、ロマン・ポランスキー監督、ジェラール・ブラッシュ脚本の、1967年に公開されたホラー映画のパロディである喜劇映画である。コメディ・ホラー映画。ロマン・ポランスキー監督は自らも出演して芸達者ぶりを披露した。
シャロン・テートは、映画『吸血鬼』で共演したのが縁で1968年1月20日に映画監督のロマン・ポランスキーと結婚したが、翌1969年8月9日、狂信的カルト指導者チャールズ・マンソンの信奉者達の一人、スーザン・アトキンス(en)ら3人組によって、一緒にいた他の3名の友人達と、たまたま通りがかって犯行グループに声を掛けた1名と共にロサンゼルスの自宅で殺害された。
引用元: ウィキペディア(Wikipedia)「シャロン・テート」
性描写と残酷描写が過激化していく「70年代の吸血鬼映画」
ネタ切れにより、吸血鬼ものが持つ官能性(血を吸う・体液を吸う)にフィーチャーしたり、セクシー女優が演じる女吸血鬼ものが増えていく。スプラッターブームの影響もあり残酷描写が強調された作品も増えてくる。性描写と残酷描写が過激化していく。
70年代前半、セクシーな美人女優が演じる「女吸血鬼」を主役とした「エロティック・バンパイア路線」が人気に。
セクシーな美人女優が演じる「女吸血鬼」を主役とし、セクシャルな要素を売りにした「エロティック・バンパイア路線」が人気に。女吸血鬼というサブジャンルは、ポルノと結びやすい題材のようで、女吸血鬼ものは、アメリカン70年代ポルノにも、かなり散見する。
女吸血鬼の決定版「バンパイア・ラヴァーズ」(1970年)
ハマー・ホラー美女としてカルト的に人気があった吸血鬼カーミラを演じたイングリッド・ピット。
『バンパイア・ラヴァーズ』(原題:The Vampire Lovers)は1970年にイギリスのハマー・フィルム・プロダクションが製作したホラー映画。ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュ原作『吸血鬼カーミラ』の映画化。イングリッド・ピットのエロティシズムが匂いたつ女吸血鬼映画の決定版。女吸血鬼カーミラを主役とし、ハマーとしてはセクシャルな要素が強い作品である。レズビアンの要素とスケスケのネグリジェでハマー映画の末期を飾る。女吸血鬼を演じた主演のイングリッド・ピットは、他にも「ブラッド・ゾーン」(70)、「鮮血の処女狩り」(70)、「ヨーガ伯爵の復活」(71)等に出演し、エロティック・ホラー路線に多大な貢献をし、世界中にファンが存在するカルト女優。
スピルスドルフ将軍(ピーター・カッシング)は美女マルシーラ(イングリッド・ピット)を屋敷に滞在させるが、それ以来、娘のローラ(ピッパ・スティール)が体調を崩し、遂には変死してしまう。まもなくマルシーラはいずこかへ姿を消す。マルシーラの正体は吸血鬼カーミラだった。
吸血鬼カーミラが、エマ(マデリーン・スミス)を餌食にする名シーン。乳房に牙を立てる。女優陣がヌードを見せたことで公開当時はハマーに抗議が殺到したという。
セクシーな女優陣、主演イングリッド・ピット、ピーター・カッシング。監督ロイ・ウォード・ベイカー。ピットの演じたカーミラは次々と若い女性を誘惑して襲う為、レズビアン映画的な要素も含まれる作品。本作のヒットを受けて、ハマーはこの後に後継作として『恐怖の吸血美女』『ドラキュラ血のしたたり』の2本の女吸血鬼映画を製作した。
スピルスドルフ将軍(ピーター・カッシング)はかつて吸血鬼を退治したことのある公爵に応援を頼み、姪の仇討ちをはじめる。将軍は、カーミラの眠る墓をあばき、彼女の首をはねるのだった。ハマーの看板スターとして主役を務めてきたピーター・カッシングは、本作では一歩引いたポジションで、吸血鬼と対峙する将軍役を演じた。
杭を女吸血鬼の心臓に打ち込む。この後に、女吸血鬼の首をはねる生首斬首シーンも描写された。残酷描写が売りとなった。
女吸血鬼の首をはねる生首斬首(切株)シーンも描写された。
催淫吸血鬼(1970年)
催淫吸血鬼(原題:Le Frisson des Vampires/The Shiver of the Vampires)は、ジャン・ローラン監督による1970年のフランスの吸血鬼映画。ヴァンパイア・エロスの巨匠ジャン・ローランの貴重な初期作品。日本でも人気のセクシー女優のサンドラ・ジュリアン(当時20歳)が主演。新婚旅行中に従兄弟の家に立ち寄った若い夫婦。彼らをを襲う吸血鬼の恐怖と官能の世界を描く。日本とフランスのエロティック映画界を席巻したエロティック・ヴァンパイア・ホラーの逸品。
- 主演は『色情日記』『徳川セックス禁止令 色情大名』等で有名なサンドラ・ジュリアン。スクリーン・キャリアは約10年と短いが、本作がその記念すべきデビュー作であり、その後母国フランスと日本のエロティック映画に出演を果たし、脱ぎっぷりの良さとコケティッシュな魅力で人気を博した。
- ジャン・ローランは、1968年から亡くなる2010年まで60数本の作品を発表し、その内<吸血鬼=ヴァンパイア>をテーマした作品を8本監督し、”ヴァンパイア・エロスの巨匠”と謳われた。
【ストーリー】
新婚旅行を車で楽しんでいた新婦:イーズ(サンドラ・ジュリアン)。彼女はこの機会に、疎遠になっていた2人の従兄に会いたいと言い出し、彼らが住む古城へと向かう。しかし、この行為がとんでもない事態を引き起こすこととなる。
──その兄弟は、以前は名うての”ヴァンパイア・ハンター”だったのだが、今では逆にヴァンパイアの罠に落ち、彼らも生き血を求めるヴァンパイアへと変貌していた。そんな事態を知るよしもないイーズは、彼らそして彼らを操るヴァンパイア・クイーンの罠に新郎と共に、引きずり込まれていくのであった。
恐怖の吸血美女(1971年)
女吸血鬼カーミラ・シリーズの第2弾。女子寮を舞台にユッテ・ステンスガードが演じる女吸血鬼カーミラが騒動を巻き起こす。
『恐怖の吸血美女』(英:Lust for a Vampire)は、1971年に製作されたイギリスのハマー・フィルム・プロダクションが製作したホラー映画。『ドラキュラ血のしたたり』と共に、『バンパイア・ラヴァーズ』の後継作とされている。とある女子寮を舞台に女吸血鬼カーミラが巻き起こす惨劇と皮肉な愛の姿を描く。
ヴァンピロス・レスボス(1971年) / 美人女優のソリダッド・ミランダが演じる女吸血鬼ナディーン・カロディは、女性のみを標的にするレズビアン。
交通事故によりわずか27歳で夭折したソリダッド・ミランダ主演の『ヴァンピロス・レスボス』。永遠の愛を求める女吸血鬼を主人公としている。
『ヴァンピロス・レスボス』(独: Vampyros Lesbos – Erbin des Dracula, 西: Las Vampiras, 英: Vampiros lesbos)は、ユーロトラッシュの帝王ジェス・フランコ監督による1971年に製作された西ドイツ・スペイン合作のサスペンス・ホラー映画。70年代におけるジェス・フランコ監督の代表作。日本では劇場未公開。美人女優のソリダッド・ミランダが演じる女吸血鬼ナディーン・カロディは、女性のみを標的にするレズビアン。
オープニングから裸に赤いスカーフを巻き、怪しげなステージショー(ストリップショー)を見せるソリダッド・ミランダ。
ジェス・フランコらしい怪奇幻想、現実と幻想の境目が分からない官能の世界が続く。サソリなど不吉な予兆を示すビジュアルなども挿入される。
ロマンティックなカルト・ムービー。女吸血鬼を永遠のカルト女優ソリダット・ミランダが演じている。色褪せることのない輝きを放つ彼女は、フイルムの中で永遠に生きることになった。