スプラッター・スラッシャー映画の不朽の名作ホラーを中心に時系列順にまとめた一覧。黎明期のサイコ(1960年)、「血の祝祭日」(1963年)から現代スラッシャー(殺人鬼ホラー)映画の原点『ハロウィン』(1978年)、スラッシャー映画の金字塔『13日の金曜日』(1980年)、2000年代の世界を震撼させた凶悪な「フレンチ・スプラッター映画」やホステルやソウシリーズなど「拷問ポルノ系」まで振り返っていきます。映画史における「人体破壊描写」「残酷表現」の歴史ともいえる年代記なので、グロ映像や画像、残酷描写や一部ネタバレがあるため苦手な人は閲覧注意でお願いします。

1950年代から60年代

シュルレアリスムの傑作と評されるルイス・ブニュエルとサルバドール・ダリによる『アンダルシアの犬』(1928年)は、スプラッター映画の源流・草分けと評価される。

シュルレアリスムの傑作と評されるルイス・ブニュエルサルバドール・ダリによる『アンダルシアの犬』(1928年)は、スプラッター映画の源流・草分けと評価される。冒頭の女性が剃刀で眼球を真二つにされる衝撃的なショックシーンが特に有名。

スプラッター映画とは、(特殊メイクや効果、撮影トリックなどを駆使した)グロテスクな残酷描写、人体破壊描写、過激な流血描写、殺害シーンにおける生々しい描写に特徴のある、広義のホラー映画のサブジャンル、映画の様式のひとつである。80年代の「13日の金曜日」の大ヒット以降は、特殊メイクによって、殺害描写を丹念に見せ、(まるで本当に殺されたんではないのか?と誤解されるほどリアルな殺人演出で)観客を大いに刺激した。「スプラッター・ムービー」という呼称は1980年代に定着したものであり、1970年代以前は「ゴア・ムービー(Gore Movie)」という呼び方が多く用いられていた。人は血に餓えているのか。そこにスリルと快楽を見出す。残酷な恐怖を売り物にする見世物は連綿と続く人類の歴史と共に歩んできた。

後のスプラッター映画の地ならしに近い役割を果たす50年代の「ショッカー」「ショック映画」の代表作

スプラッター映画が発明される以前には、恐怖映画において「ショッカー」「ショック映画」と呼ばれるジャンルが存在した。観客にショックを与える表現を重視したという点で、後のスプラッター映画の地ならしに近い役割を果たす。当時は、1968年まで存続した「ヘイズ・コード」によって性描写や暴力シーン、残酷表現には限界があった(残酷なシーン・観客に恐怖を与える場面・好色もしくは挑発的なヌード・殺人の手口の描写など)。

アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督の『悪魔のような女』(1955年)

悪魔のような女(1955年)は、衝撃のラスト、あっと驚く結末で有名。パリ近郊の私立学校。校長のミシェルは、妻クリスティナの財産のおかげで地位を得たが、女教師ニコルと公然の愛人関係にある。しかし、彼があまりにも利己的な暴君であるため、妻と愛人の二人は共謀して彼を殺すことに……。ドンデン返しがショッキングなサスペンス・ムービー。

悪魔のような女(1955年)は、衝撃のラスト、あっと驚く結末で有名。パリ近郊の私立学校。校長のミシェルは、妻クリスティナの財産のおかげで地位を得たが、女教師ニコルと公然の愛人関係にある。しかし、彼があまりにも利己的な暴君であるため、妻と愛人の二人は共謀して彼を殺すことに……。ドンデン返しがショッキングなサスペンス・ムービー。

『悪魔のような女』(原題:Les Diaboliques)は、1955年制作のフランスのサイコスリラー映画。ボワロー=ナルスジャックの原作。1996年にシャロン・ストーン、イザベル・アジャーニ主演でリメイク作品が作られた。パリ郊外の寄宿学校の校長・ミシェルは、妻に教鞭をとらせ、同学校の女教師・ニコルと通じ合っていた。しかし横暴で利己的なミシェルの態度に我慢ならなくなったふたりは、ミシェル殺害を企てる。どんでん返しで有名。「サイコ」(1960年)以前に残酷シーンを含んだ映画として大ヒットした。

ジョルジュ・フランジュ監督の『顔のない眼』(1959年)

フランスで最初の重要なホラー映画と呼ばれる「顔のない眼」(1959年)は、繊細で耽美的な医療手術ホラーの原点。

フランスで最初の重要なホラー映画と呼ばれる「顔のない眼」(1959年)は、繊細で耽美的な医療手術ホラーの原点。

狂気の医者が若い娘の生皮を剥ぐ「顔のない眼」の残虐な手術シーン

狂気の医者が若い娘の生皮を剥ぐ「顔のない眼」の残虐な手術シーン

『顔のない眼』(仏: Les Yeux sans visage、英: Eyes Without a Face)は、1959年製作の映画。公開は1960年。フランス・イタリア共同製作。監督:ジョルジュ・フランジュ、出演:アリダ・ヴァリ、ピエール・ブラッスールほか。今なおカルト的人気の高い、アーチスチックなホラー映画の名品。顔に火傷を負った自分の娘に、ほかの娘の皮膚を移植しようとして殺人を犯す外科医を描く。フランス、パリに19世紀末から20世紀半ばまで存在した大衆芝居・見世物小屋のグラン・ギニョール劇場は、後のスプラッター描写やゴシック・ホラーに多大な影響を与え、スラッシャー映画の起源・源流とも評されるが、『顔のない眼』は、そのグラン・ギニョールの系譜・直系とされる映画。

ヴィンセント・プライス主演の『肉の蝋人形』(1953年)

狂気に満ちた彫刻家がもたらす恐怖の世界を描いた元祖ホラームービー。アメリカが誇る怪奇映画の大スター、ヴィンセント・プライスの出世作。若き日のチャールズ・ブロンソンの姿も拝める。

狂気に満ちた彫刻家がもたらす恐怖の世界を描いた元祖ホラームービー。アメリカが誇る怪奇映画の大スター、ヴィンセント・プライスの出世作。若き日のチャールズ・ブロンソンの姿も拝める。

肉の蝋人形(House of Wax)は、1953年のアメリカ映画。ホラー映画。チャールズ・ベルデンの戯曲を原作とした、「肉の蝋人形」”Mystery of the Wax Museum”(1933年)に続く2度目の映画化。狂気に満ちた彫刻家がもたらす恐怖の世界を描いた元祖ホラームービー。歴史に名を残す人物の姿をした蝋人形たちが、静かにたたずむ博物館。金儲けしか頭にない強欲な経営者は、保険金目当てに自らの館に火を放つ。我が子同然の蝋人形たちを救おうと、燃え上がる館に飛び込んだ蝋人形師は、業火に焼かれて死んだかに見えたが…。卓越した腕を持つ蝋人形師が異形の者となり、やがて人間の死体を人形としてコレクションする。

マイケル・ガフ主演の『黒死館の恐怖』(1959年)

屋敷に閉じ込めた美女を犯罪学者が様々な方法で拷問する場面はトラウマ。猟奇趣味の横溢する恐怖スリラー。狂気の犯罪学者をめぐる奇怪な事件の数々が描かれている。

屋敷に閉じ込めた美女を犯罪学者が様々な方法で拷問する場面はトラウマ。猟奇趣味の横溢する恐怖スリラー。狂気の犯罪学者をめぐる奇怪な事件の数々が描かれている。

黒死館の恐怖(Horrors of the Black Museum)は、1959年のイギリスのサスペンス・ホラー映画。ロンドンで残虐な美女連続殺人が発生した。事件の片鱗すらも掴み得ないスコットランド・ヤードに対し、犯罪研究家のバンクロフトは解決に至る幾つかの手がかりを新聞に発表する。バンクロフトは猟奇殺人の研究に熱中するあまり、自宅に黒死館と称する犯罪博物館を造っていたが……。猟奇犯罪を描いた恐怖スリラー。

サイコ(1960年)

「サイコ」(1960年)の主演女優のジャネット・リーがシャワールームで惨殺される有名な「シャワーシーン」が後のスプラッター映画につながっていったと見る意見は多い。

「サイコ」(1960年)の主演女優のジャネット・リーがシャワールームで惨殺される有名な「シャワーシーン」が後のスプラッター映画につながっていったと見る意見は多い。

『サイコ』(Psycho)は、1960年に製作されたアメリカ合衆国の映画。アルフレッド・ヒッチコック監督によるサイコ・スリラー系のサスペンス映画で、全編モノクローム映像。『サイコ』と『血を吸うカメラ』(1960年)がきっかけとなって、世界的に精神異常者による猟奇犯罪を描いた「サイコ・スリラー」が流行した。

「シャワールーム殺人」を完璧な演出で撮った『サイコ』をスプラッターの元祖と見る意見もある。

「サイコ」に登場する精神異常者の殺人鬼であるノーマン・ベイツが、シャワー・ルームで主演女優のジャネット・リーを惨殺するシーンは世界中にショックを与えた。ジャネット・リーの肌をナイフが直接切り裂く具体的な人体破壊描写(スプラッター描写)は見られないが、当時としては画期的と言えるほど過激な暴力描写が物議を醸した。この映画の殺人シーンが後のスプラッター映画・スラッシャー映画というジャンルにつながっていった原点だったと論評されることが多い。以降の恐怖映画は、『サイコ』のシャワーシーンを超える衝撃を観客に与える効果を模索し、従来の恐怖映画よりも猟奇色を強めた作風を突き進めて行った。

ホラー映画やスリラー映画における「絶叫クイーン」の元祖は本作『サイコ』に出演したジャネット・リーであり、今日でも有名なシャワーシーンでの演技が高く評価された。

観客を震撼させた恐怖のショックシーン「ミイラ化したノーマンの母親」

ホラー映画史に残る残酷表現、観客を震撼させた恐怖のショックシーン「ミイラ化したノーマンの母親

血を吸うカメラ(1960年)

カメラの三脚に仕込んだ兇器を被写体に突き付けて、スナッフ映像を狙う『血を吸うカメラ』は、スラッシャー映画の源流と評されることが多い。

カメラの三脚に仕込んだ兇器を被写体に突き付けて、スナッフ映像を狙う『血を吸うカメラ』は、スラッシャー映画の源流と評されることが多い。

『血を吸うカメラ』(原題:Peeping Tom)は、マイケル・パウエル監督による1960年公開のイギリスのサイコサスペンス映画。当時としては猟奇的殺人を扱うのはタブーであり、早すぎたスナッフ映画の誕生に世間は激怒した。性的・暴力的な内容から、公開当時はメディアや評論家から酷評を浴び、イギリスを代表する映画作家の一人ともみられていたパウエルの名声は失墜した。

本作品はしばしば、ほぼ同時期に発表された映画『サイコ』と比較される。『サイコ』が「殺害される人間の恐怖」を表現しているのに対し、血を吸うカメラでは「殺戮を行う側の心理」を惜しげもなく表現している。また、この作品は人間の目から見たカメラ視点が特徴である。

引用元: ウィキペディア(Wikipedia)『血を吸うカメラ』

マーク・ルイスは映画撮影所のカメラマンを努める一方、ヌード写真の撮影を副業としていた。幼い頃から心理学者である父の実験材料にされ育ってきたマーク。いつしか彼は、恐怖に満ちた人間の表情を撮ることに生きがいを感じるようになっていた。

カメラの三脚に仕込んだ兇器を被写体に突き付けて、自分に殺される寸前の犠牲者の恐怖と、断末魔の表情を撮影、そのフィルムを自分で現像映写することに生きがいと快感を覚えるようになっていた(スナッフ映画を撮るのが生きがいの変態・猟奇的殺人鬼)。

ホラー映画史に残る世界初のスプラッタームービー「血の祝祭日」(1963年)

『血の祝祭日』は、1963年に公開されたスプラッター映画の始祖とされるハーシェル・ゴードン・ルイス監督による「血みどろ映画」。

「血の祝祭日」(1963年)は、エジプトの女神を甦らせるために次々と若い女性を惨殺し臓物を生贄に捧げる料理店主の恐怖を描いた世界初のスプラッタ映画。

「血の祝祭日」(1963年)は、エジプトの女神を甦らせるために次々と若い女性を惨殺し臓物を生贄に捧げる料理店主の恐怖を描いた世界初のスプラッタ映画。

スプラッター映画の元祖。血と殺戮のオンパレードで観客に嫌悪感とトラウマを植え付けた。この作品は最初の「ゴア(血糊・スプラッター)」映画であると、大部分の批評家によって認識されている。

眼球をえぐる、手足を切断する、脳や内臓の抉り出しなど、美女の殺戮シーンを延々と映し出す残酷描写の連続に公開当時、大反響を巻き起こしながらも大ヒットを記録した。エジプト料理店のラムゼスは古代エジプトの女神イシュタールを崇拝し、生贄のため、若い女性を殺害し、肉体の一部を晩餐に捧げるという凶行を繰り返していた。彼の殺人はエスカレートしていき、街は恐怖に陥る。

2000人の狂人(1964年)

ハーシェル・ゴードン・ルイス監督による残酷描写満載のスプラッター映画のさきがけともいえる作品「2000人の狂人」(1964年)

ハーシェル・ゴードン・ルイス監督による残酷描写満載のスプラッター映画のさきがけともいえる作品「2000人の狂人」(1964年)

『2000人の狂人』(原題:Two Thousand Maniacs!)は、スプラッター・ムービーの生みの親ハーシェル・ゴードン・ルイス監督による1964年制作のアメリカ合衆国のホラー映画。

南北戦争時、北軍の虐殺で全滅した南部の村の村人たち2000人の怨霊が戦争終結から100年後、記念祭を装って北部から来た旅行客を引き込み、次々と惨殺してバーベキューにしてしまうという、残酷描写満載のスプラッター映画のさきがけともいえる作品。

本作で表現されたフルカラーの流血は、当時マンネリ化したショッキングな視覚効果で飽和状態であった、ホラー映画製作者たちにセンセーションを巻き起こした。

モデル連続殺人!(1963年)

イタリア・ホラー映画界の巨匠として絶大な影響力を誇ったマリオ・バーヴァの猟奇殺人ドラマ「モデル連続殺人!」は、エログロ要素が満載な猟奇ミステリー映画ジャンルの「ジャッロ」(ジャーロ)の基礎を築いた。スラッシャー映画の源流のひとつとも評される。

イタリア・ホラー映画界の巨匠として絶大な影響力を誇ったマリオ・バーヴァの猟奇殺人ドラマ「モデル連続殺人!」は、エログロ要素が満載な猟奇ミステリー映画ジャンルの「ジャッロ」(ジャーロ)の基礎を築いた。スラッシャー映画の源流のひとつとも評される。

モデル連続殺人!(原題:6 Donne per I’assassino)は、マリオ・バーヴァ監督による1964年のイタリアのホラー映画。美女をいたぶり殺すイタリア産の猟奇ミステリー映画ジャンルの「ジャーロ」(ジャッロ)ブームの基礎を築いた作品であり、「血みどろの入江」(1971年)などとともに「スラッシャー映画」の源流のひとつと評される。原題の意味は『暗殺者のための6人の女』であり、6人の美女がのっぺらぼうのマスクをつけた黒づくめの殺人鬼にいたぶり殺されるところが見せ場。ジャッロ/ジャーロ映画に登場する殺人鬼は例えば得体のしれない不気味なマスクをして、黒いコートを着て、黒手袋をして、カミソリを武器にして・・・といった基本フォーマット・ルール・枠組みを生み出している。過激な残酷描写と性描写の両輪がますますエスカレートしていき、イタリアン・ホラー映画(ジャッロ/ジャーロ映画)人気に拍車をかけることになる。

ミステリー映画として物語性やミステリーの謎解きを重視するよりも、濃厚なエログロ要素や美女の殺人劇(人体破壊描写)のインパクトや残酷性を重視するジャッロ/ジャーロ映画の基礎を築いた。スプラッター映画の中でも殺人鬼ホラーである「スラッシャー映画」のプロトタイプでもあった。

ミステリー・サスペンス映画としての物語性やミステリーの謎解き(犯人捜し)を重視するよりも、濃厚なエログロ要素や美女の殺人劇(人体破壊描写)の視覚的インパクトや残酷性(見世物的要素)を重視するジャッロ/ジャーロ映画の基礎を築いた。スプラッター映画の中でも殺人鬼ホラーである「スラッシャー映画」のプロトタイプでもあった。

『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968年)

『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』はドキュメンタリータッチの手法で、9か月を費やしてモノクロ16mmフィルムで撮影された。本作では人外の者のことをリビング・デッド("Living Dead", 生ける屍)またはグール("Ghoul", 食屍鬼)と呼称しており、ゾンビという呼称は次作『ゾンビ』からの登場である。

『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』はドキュメンタリータッチの手法で、9か月を費やしてモノクロ16mmフィルムで撮影された。本作では人外の者のことをリビング・デッド(”Living Dead”, 生ける屍)またはグール(”Ghoul”, 食屍鬼)と呼称しており、ゾンビという呼称は次作『ゾンビ』からの登場である。

『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(原題: Night of the Living Dead )は、1968年公開のアメリカのゾンビ・ホラー映画である。ゾンビ映画のスタンダードになった古典的な名作。当時は知る人ぞ知るカルト映画としての評価にとどまったが、この映画における人肉をむさぼり食うゾンビは、後年のスプラッター・ブームにおいて重要なジャンルとして成長することになる。本作に『ゾンビ』(1979年)、『死霊のえじき』(1985年)を合わせ、「ロメロのゾンビ映画三部作」と呼称される。

バリケードの音に引き寄せられる蘇った死者のゾンビ達(グール)

死人の群れと対峙する長い夜。バリケードの音に引き寄せられる蘇った死者のゾンビ達(グール)

本作のアイコン的な人気キャラであるカレン・クーパー(演:カイラ・ショーン)は、ゾンビとなって蘇り、父親の内臓を食べて、母親を殺す。ゾンビになってしまえば、人間的な理性は失われ、家族も恋人も関係なく人間を襲い、内臓を喰らう怪物になってしまうことを象徴づけた。

本作のアイコン的な人気キャラであるカレン・クーパー(演:カイラ・ショーン)は、ゾンビとなって蘇り、父親の内臓を食べて、母親を殺す。ゾンビになってしまえば、人間的な理性は失われ、家族も恋人も関係なく人間を襲い、内臓を喰らう怪物になってしまうことを象徴づけた。

内臓を食らうゾンビのおぞましさ・・・残酷なゴア表現をとことん追求するための「カニバリズム」嗜好と(吸血鬼ものに通じる)「伝染性」(自分自身や仲間がいつゾンビ化するかわからないハラハラドキドキ感や緊迫感が生まれる)といったゾンビ設定から残酷描写に至るまで、後続作品に絶大な影響を及ぼし、この映画からモダン・ゾンビ映画の歴史は始まった。

処刑軍団ザップ(1970年)

悪魔崇拝のヒッピー達がドラッグと狂犬病のミックスで街の人々を襲いはじめる。

悪魔崇拝のヒッピー達がドラッグと狂犬病のミックスで街の人々を襲いはじめる。

『処刑軍団ザップ』(原題:I Drink Your Blood)は、1970年のアメリカ映画。本作は1970年代初頭に制作されたカルト・ホラーの一つで、狂犬病に感染させられた者達による恐怖と混乱を描く。“サタンの息子”を名乗るヒッピー集団の凶行。報復のために狂犬の血が入れられたミートパイを食べた若者たちは狂人と化し、彼らに襲われた住民も次々に狂っていく……。

狂犬病の血が入ったミートパイを食べてしまった軍団は泡吹いて殺人狂に。他の住人まで感染し街はとんでもないことに。

狂犬病の血が入ったミートパイを食べてしまった軍団は泡吹いて殺人狂に。他の住人まで感染し街はとんでもないことに。

腕が足が首が、すさまじい悲鳴と血しぶきを上げてブッ飛ぶ。「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド/ゾンビの誕生」の影響下で作られたであろう恐怖映画。ヒッピー・ムーブメントとドラッグ・カルチャーを取り入れた、70’sホラーを語る上で外せないカルト・ホラーの傑作。

キャリー(リン・ローリー)が突然電動カッターでおばさんの腕を切って殺害。

キャリー(リン・ローリー)が突然電動カッターでおばさんの腕を切って殺害。

【ストーリー】
ニューヨーク州バレービル。人口40人程の小さな町に“サタンの息子たち”を名乗るヒッピー集団がやって来る。町中で暴れまわる彼らに報復するため、少年ピートはミートパイに 狂犬の血を入れるが、それを食べたヒッピーたちは狂人と化し、仲間内で殺し合い、更には町の住人を襲い始める――。

パイを食べた集団は次第に感染の兆候が現れ、ついに理性を失い互いに殺し合いを始める。逃げ出した女性メンバー、および彼女たちと肉体関係を結んだダムの労働者達も狂犬病に感染し、町を巻き込んだ殺戮へと発展した。 そして、感染者たちは警官によって全員銃殺された。

世界初のグロ・ゾンビ映画『悪魔の墓場』(1974年)


悪魔の墓場(原題:Non si deve profanare il sonno dei morti)は、1974年に公開されたイタリア・スペインのゾンビ映画・SFホラー映画。死者の大群と人間の攻防を描く他のゾンビ映画と違って、ゾンビの発生に気付いているのがごく一握りで、主人公らが殺人犯と疑われるサスペンス風(ジャッロ・ジャーロ映画)の異色作になっている。

日本で初公開当時、人喰いゾンビ映画は殆ど知られておらず、強烈なインパクトがあった。人喰いゾンビが徘徊暗躍するグロ・ゴア・スプラッター映画として悪名を轟かした1本。元祖スプラッター映画として内臓と鮮血が飛散る残酷描写が、リアルで衝撃的だった。

ジャンネット・デ・ロッシの特殊メイクを駆使したスプラッター(人体破壊)描写は、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』をしのぐ過激さになっている。

ジャンネット・デ・ロッシの特殊メイクを駆使したスプラッター(人体破壊)描写は、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』をしのぐ過激さになっている。70年代後半のイタリア産のゾンビ映画は、腐敗臭が漂ってきそうなくらい「リアルなゾンビ描写」、本当に人を殺しているのではないか?と誤解されるほど「リアルな人体破壊描写」(露骨な残虐性)が売りになっていた。加えて「過激な性描写」も定評であった。

イタリア映画界は『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』から強い影響を受けたゾンビ映画の名作とされる『悪魔の墓場』(1974年)を送り出す。『悪魔の墓場』では後に『サンゲリア』(1980年)で名声を確立する特殊メイク技師・ジャンネット・デ・ロッシの腕によるゾンビのメーキャップと残酷描写が『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』をしのぐ過激さを見せる。このように1970年代のイタリア映画は、残酷描写の追求にかけてアメリカ映画と張り合う急進性を発揮していた。

病院の死体安置室で蘇った縫い目ゾンビが人間を食い散らかしてゾンビのカニバリズム性のおぞましさをカラー映像を見せつけた。

病院の死体安置室で蘇った縫い目ゾンビが人間を食い散らかしてゾンビのカニバリズム性のおぞましさをカラー映像を見せつけた。縫い目ゾンビたち病院の受付嬢を襲い巨乳も引きちぎって心臓や内臓を喰らった。

(上記画像=最大の見せ場のひとつの説明)主人公のジョージは、エドナが入院した病院へ向かうが、そこでも蘇生した死者による殺戮が始まっていた。人間の内臓を欲する3人のゾンビに襲われた受付の女性は、無残にも乳房を引きちぎられ、腹も引き裂かれていた。悪魔の墓場は、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』がもたらした新しいゾンビ像である「人間を襲うこと・内臓を喰らうカニバリズム性、ゾンビに傷つけられる(殺される)とゾンビになる感染性」などが受け継がれている。

1970年代

スプラッター・スラッシャー映画の原点・元祖的な存在

スラッシャー映画の原点「血みどろの入江」(1971年)

血みどろの入江(原題:A Bay of Blood)は、イタリアのマリオ・バーヴァ監督による1971年のホラー映画。血みどろの入江はスプラッター映画の最初期の1作、スラッシャー映画の原点と見なされている。また「13日の金曜日」(1980年)の元ネタとして知られる。

スラッシャー映画の原点「血みどろの入江」(1971年)

スラッシャー映画の原点「血みどろの入江」(1971年)

耽美派ホラーの名匠、マリオ・バーヴァ監督による残酷サスペンスホラー。美しい海辺を臨む豪邸で老伯爵夫人が殺害され、犯人である夫も行方不明になった。夫人が残した莫大な遺産をめぐり、娘のレナータら親族や関係者たちが入江に集まって来るが…。

「サスペリア」のダリオ・アルジェントが密かに偏愛し、「13日の金曜日」シリーズにも絶大な影響を与えた衝撃作がニューマスターで登場!首が飛び、喉が裂け、槍が胴体を貫通し、顔面を鉈が叩き割る!凄惨 な流血描写と共に、耽美派ホラーの名匠マリオ・バーヴァが、欲望渦巻く殺人劇をデカダンス溢れる筆致で描いた残酷サスペンス。
美しい海辺を望む豪邸で老伯爵夫人が自殺を装って殺害され、犯人である夫も何者かに襲われて行方不明となった。夫人が残した莫大な遺産“湾の所有権”を巡り、娘のレナータら、親族や関係者たちが入江に集まっ てくる。だが、彼らは一人、また一人と姿なき殺人者の手にかかり、無残な最期を遂げてゆく。血の殺戮を繰り返す犯人は誰なのか?そして、不気味な死の静寂のなかで遺産を手にする者とは―。

映画冒頭で老伯爵夫人を殺害し、行方不明になっていた夫の死体。水死体に蛸を這わせるグロテスクな描写。

映画冒頭で老伯爵夫人を殺害し、行方不明になっていた夫の死体。水死体に蛸を這わせるグロテスクな描写。見せ場のひとつである有名なショックシーン。

性行為に夢中になっていたカップルの男女が、二人とも串刺しになって死亡。

性行為に夢中になっていたカップルの男女が、二人とも串刺しになって死亡。スラッシャー映画のお約束である「セックスをすると殺される」ギミックが生まれる。

「13日の金曜日」を先取りしたような「若者の顔面に鉈を打ち込む」、「水死体に蛸を這わせるグロテスクな描写」など、当時としては、他にはないほどの残酷なゴア・スプラッター描写が満載。

スラッシャー映画では、殺害方法として「若者の顔面に鉈を打ち込む」という伝統(お約束)が生まれた。

スラッシャー映画では、殺害方法として「若者の顔面に鉈を打ち込む」という伝統(お約束)が生まれた。

『血みどろの入江』は残酷描写の演出におけるビジュアル面とストーリーラインにおいて、1980年代のスプラッター・ブームにおける火つけ役となる『13日の金曜日』(1980年)に多大な影響を及ぼすこととなる。

残酷!女刑罰史(1970年)

若い女の舌を引き抜こうとする拷問

若い女の舌を引き抜こうとする拷問

『残酷!女刑罰史』(独: Hexen bis aufs Blut gequält、英: Mark of The Devil)は、1970年の西ドイツで制作された映画である。中世の魔女狩りをテーマに、残酷な拷問の数々を描くショッキング映画。

若い女の舌は、無残にも根もとから抜かれてしまった。

若い女の舌は、無残にも根もとから抜かれてしまった。

針の山の椅子に座る拷問。お尻から出血がひどい。

針の山の椅子に座る痛々しい拷問。お尻から出血がひどい。

時は15世紀。魔女審問官の首席カンバーランド卿の到着によって魔女狩りの勢いはますます盛んになった。クリスチャンは卿のために働く事を名誉と考える貴族の青年だったが、極悪非道の魔女狩り人アルビーノの仕打ちを見るにつれ魔女狩り自体に疑問を感じ始めていた。やがてクリスチャンは魔女の疑いをかけられた美しい娘ヴァネッサと出会い、その思いをますます強いものとしていく……。

タランチュラ(1971年)
クローディーヌ・オージェ、バーバラ・バック、バーバラ・ブーシュ、ステファニア・サンドレッリと、当時の美女が出演し、3人もボンド・ガールがでているのはこの映画ぐらい。最高のセクシーサスペンス・スプラッター映画。

クローディーヌ・オージェ、バーバラ・バック、バーバラ・ブーシュ、ステファニア・サンドレッリと、当時の美女が出演し、3人もボンド・ガールが出演しているのはこの映画ぐらい。映画史に残る最高のセクシーサスペンス・スプラッター映画。

タランチュラ(原題:La tarantola dal ventre nero)は、1971年のイタリアのジャッロ映画。美女が残酷に殺されるミステリー仕立ての恐怖映画であるイタリア産のジャッロ(ジャーロ)映画。数多いジャッロ映画の中でもタランチュラは、殺害される女性が最高レベルの美女ぞろいだったため、大いに受けた。ジャッロ愛好家にはタマラナイ作品になっている。次々と殺される裸の美女、特に「007 私を愛したスパイ」でボンドガールになったバーバラ・バックの裸が売りのジャッロ映画。

エロスと残酷さが大炸裂するスプラッターエロス。ジャッロ映画だけに整合性や物語性でなく、エログロな視覚的なインパクトが重視の展開。

エロスと残酷さが大炸裂するスプラッターエロス。ジャッロ映画だけに推理や整合性や物語性でなく、エログロな視覚的なインパクト(見世物)が重視の展開。

スプラッタージャンルをさらに狂暴で衝撃的な領域に押し進めた「血の魔術師」(1972年)

謎が謎を呼ぶオカルト・ミステリー色のスプラッター映画の原点にして最高峰「血の魔術師」(1972年)

謎が謎を呼ぶオカルト・ミステリー色のスプラッター映画の原点にして最高峰「血の魔術師」(1972年)

「血の魔術師」は、スプラッター・ムービーの始祖と崇められるハーシェル・ゴードン・ルイス監督による1972年のアメリカ合衆国のスプラッター映画。幻覚魔術師の正体、その目的や動機など謎が謎を呼ぶ先の読めないストーリー展開。衝撃のラストで有名な作品。最後はどんでん返しが待っています。現実と虚構の境目が分からなくなるホラーというよりもSF的なメタフィクション・オチは驚愕。

『血の魔術師』(THE WIZARD OF GORE)は、ハーシェル・ゴードン・ルイス最高傑作と言われる後期の"ゴア・ムービー"(血糊映画)の傑作。魔術師モンターグは舞台で様々な方法で美女を殺害するが、一瞬後には美女は元に戻っているとい う魔術を披露していた。しかし、その後美女たちは舞台と同じ方法で何者かに殺害されていく。果たしてモンターグの仕業なのか?ラストは衝撃的!

『血の魔術師』(THE WIZARD OF GORE)は、ハーシェル・ゴードン・ルイス最高傑作と言われる後期の”ゴア・ムービー”(血糊映画)の傑作。魔術師モンターグは舞台で様々な方法で美女を殺害するが、一瞬後には美女は元に戻っているとい う魔術を披露していた。しかし、その後美女たちは舞台と同じ方法で何者かに殺害されていく。果たしてモンターグの仕業なのか?ラストは衝撃的!

お定まりの情け容赦ない手口で協力者の手足を切断する、ステージ・マジシャンが登場する。魔術師モンターグは舞台で様々な方法で美女を殺害するが、一瞬後には美女は元に戻っているという魔術を披露していた。しかし、その後美女たちは舞台と同じ方法で何者かに殺害されていく。果たしてモンターグの仕業なのか?ラストは衝撃的!

ゴア・ゴア・ガールズ(1972年)

スプラッター・ムービー生みの親・ハーシェル・ゴードン・ルイス監督の幻の引退作「ゴア・ゴア・ガールズ」(1972年)

スプラッター・ムービー生みの親・ハーシェル・ゴードン・ルイス監督の幻の引退作「ゴア・ゴア・ガールズ」(1972年)

ゴア・ゴア・ガールズ(原題:Gore-Gore Girls) は、スプラッター映画の生みの親として知られるハーシェル・ゴードン・ルイス監督による1972年制作のアメリカ合衆国のスプラッターホラー映画。ストリッパーがむごい方法で惨殺されていく連続殺人事件が発生する。激しいスプラッター描写が見どころ。日本では長年観る機会のなかった幻の作品である。スプラッター・ムービー生みの親・ハーシェル・ゴードン・ルイス幻の引退作。

『ゴア・ゴア・ガールズ』(THE GORE GORE GIRLS)は、ハーシェル・ゴードン・ルイスの監督引退作。ルイス史上でも最大のスプラッター大会が繰り広げられる。ストリッパー連続殺人事件が起こり、美女がむごたらしい方法 で殺害されていく。日本では長年観る機会のなかった幻の作品である。

『ゴア・ゴア・ガールズ』(THE GORE GORE GIRLS)は、ハーシェル・ゴードン・ルイスの監督引退作。ルイス史上でも最大のスプラッター大会が繰り広げられる。ストリッパー連続殺人事件が起こり、美女がむごたらしい方法 で殺害されていく。日本では長年観る機会のなかった幻の作品である。

ストリッパーばかりを狙う連続殺人鬼の恐怖。顔面をアイロンで焼き潰し、白い尻を粉砕し、頭部を油で丸揚げにする異常な手口。犯人は誰か?その動機は?ルイスの引退作に相応しい入魂の一大スプラッター描写と、シュールなギャグを盛り込んだ残酷ミステリー。

子連れ狼 三途の川の乳母車(1972年)

若山富三郎主演で映画化した時代劇シリーズ「子連れ狼」は、スプラッター映画の元祖的な存在として知られている。中でも「子連れ狼 三途の川の乳母車」は、ファンの間で最高傑作の誉れ高い。

若山富三郎主演で映画化した時代劇シリーズ「子連れ狼」は、スプラッター映画の元祖的な存在として知られている。中でも「子連れ狼 三途の川の乳母車」は、ファンの間で最高傑作の誉れ高い。

『子連れ狼 三途の川の乳母車』は、1972年4月に公開された日本映画。勝プロダクション製作、若山富三郎主演の映画版『子連れ狼』の第2作。第1作『子を貸し腕貸しつかまつる』のヒットにより、前作と同じく勝プロダクションで製作された。日本映画でも血みどろのスプラッター描写が特徴の作品が増加していた。最初から最後まで、飛び交う血しぶきと人体破壊。人体破壊描写が多いこの作品は海外ではスプラッター映画として紹介されることが多い。元祖スプラッターアクション映画。


「子連れ狼 三途の川の乳母車」(公開年月日 1972年04月22日) 予告篇

伝説の「真っ二つに人体を斬る」シーン(市川雷蔵主演「斬る」(1962年))斬新な殺陣と映像美が話題となった。殺陣においては血しぶきは上がらない。

伝説の「真っ二つに人体を斬る」シーン(市川雷蔵主演「斬る」(1962年))斬新な殺陣と映像美が話題となった。殺陣においては血しぶきは上がらない。

ウェス・クレイヴン監督による『鮮血の美学』(1972年)

レイプ・リベンジ・ムービーというジャンルの原点にして最高傑作ホラーである『鮮血の美学』(1972年)

レイプ・リベンジ・ムービーというジャンルの原点にして最高傑作ホラーである『鮮血の美学』(1972年)

『鮮血の美学』(原題:The Last House on the Left)は、1972年のアメリカ映画。少女レイプで物議を醸した1960年の映画『処女の泉』をベースとしているスプラッターホラー。レイプ・リベンジ・ムービーの原点にして最高傑作。2009年にはリメイク版が製作された。外に住むコリンウッド夫妻の一人娘であるマリーとその友人のフィリスが4人の男に強姦された揚句、惨殺されてしまう。やがて犯人と遭遇した夫妻は恐ろしい復讐を開始する。映画史に残る後味が悪いスプラッターホラー映画として有名。

一人娘のマリーが殺され、復讐の鬼となったコリンウッド夫妻。コリンウッド夫人は、殺人犯の一人であるウイーズルを誘惑して外に誘い出し、男性器を食いちぎる。壮絶すぎる復讐が始まる。

一人娘のマリーが殺され、復讐の鬼となったコリンウッド夫妻。コリンウッド夫人は、殺人犯の一人であるウイーズルを誘惑して外に誘い出し、フェラチオをするふりして、男性器を食いちぎる。壮絶すぎる復讐が始まる。

愛欲の魔神島 謎の全裸美女惨死体(1972年)

全裸美女が狂ったようにナイフを振り下ろす。冒頭からショッキングな演出で始まる

全裸美女(ドラッグで錯乱状態にある若いアメリカ人女性のペニー)が狂ったようにナイフを振り下ろす。冒頭からショッキングな演出で始まる「愛欲の魔神島」。

「愛欲の魔神島 謎の全裸美女惨死体」(原題:Tower of Evil / Horror on Snape Island)は、1972年のジム・オコノリー監督によるカルトホラー映画。『血みどろの入江』(1971年)と並んで「スラッシャー映画」の元祖・源流のひとつと評される。日本ではテレビ放送されたのみでビデオ発売すらされなかったが、その後の口コミによって熱狂的なファンを生み出し、「カルト映画」の傑作として長年愛されてきた名作ホラー。オカルト的なムードが漂うサイコスラッシャー映画。離島に潜む狂人一家による連続猟奇殺人というプロットは「悪魔のいけにえ」(1974年)を先取りしている。

まるで怪物のようにグロテスクな狂人一家の殺人鬼

まるで怪物のようにグロテスクな狂人一家による猟奇殺人。性的に奔放な男女ばかりが犠牲になるという本作の設定も、スラッシャー映画の原点と言える。

【STORY】
カナダのハドソン沖にある無人島。漁師ハンプは父親ジョンと灯台付近で複数の全裸遺体を発見するが、その直後にジョンは女によって刺される。女の名はペニー。仲間4人と遊びにきて彼女以外は全員殺されていたのだ。ペニーが手にしていたのは古代の邪教の儀式に使われるものだと突き止めた4人の考古学者は、その島へ調査に向かうが・・

マッキラー(1972年)

少年たちの親が容疑者であるジプシー女を袋叩きにする。

少年たちの親が容疑者であるジプシー女を袋叩きにする。

マッキラー(原題:Non si sevizia un paperino/Don’t Torture a Duckling)は、ルチオ・フルチ監督による1972年のイタリアのジャッロ映画。スプラッター映画。

イタリアの田舎村で子供たちばかりが狙われる連続殺人事件が発生。呪術を使うと噂されるジプシー女が疑われ、村人にリンチされて殺される。事件を追うジャーナリストは真犯人は別にいると考え、排他的な村で独自に真相を究明する……。

崖から転落した真犯人が岩肌で顔の肉を削り取られるさまを執拗に追い悪名を高めた。

崖から転落した真犯人が岩肌で顔の肉を削り取られるさまを執拗に追い悪名を高めた。

ラストで崖から落ちていく犯人の顔が岩に激突し、顔面が残酷に削られ、火花まで散るサービス精神。

崖で削られる「顔面崩壊」は、ホラー映画史に残る残酷なショックシーンとして語り継がれている。

崖から転落し岩肌で顔面が削られていく「顔面崩壊」シーンは、ホラー映画史に残る残酷なショックシーンとして語り継がれている。

イタリアのジャッロ映画の名作「影なき淫獣」(1973年)

イタリアのエロスとバイオレンスを追求したホラー映画のジャンルである「ジャッロ映画」の名作「影なき淫獣」は、スラッシャー・ムービーの元祖的な存在と評されるサスペンスホラー映画。

イタリアのエロスとバイオレンス(エログロ)を追求した猟奇ホラー映画のジャンルの俗称である「ジャッロ映画」(ジャーロ映画)の名作「影なき淫獣」は、スラッシャー・ムービーの元祖的な存在と評されるサスペンスホラー映画。

影なき淫獣(I CORPI PRESENTANO TRACCE DI VIOLENZA CARNALE(伊)TORSO(英))は、1973年のイタリアのサスペンスホラー映画。スラッシャー・ムービーの元祖にして伝説的傑作。ミラノの学生街で覆面姿の連続殺人鬼による凶行が起きる。不穏な空気の中、女学生のジェーンは気分転換に友人と共に田舎の別荘に向かうが、犯人の魔の手はそこにも迫っていた。初期のジャーロ作品の殺害の舞台(対象)はセレブや芸術家が中心であったが、影なき淫獣は、若者・学生が舞台の中心になった。若者が謎の殺人鬼に惨殺される80年代の「スラッシャー映画」の基礎や土台が築かれている。

セルジオ・マルティーノ監督による猟奇連続殺人鬼物のジャーロ映画の傑作。覆面姿の連続殺人鬼による凶行。糸鋸で腕を切り取られる壮絶な残酷シーン(バラバラ死体)。糸ノコで手足を切り、原題の如くトルソ状態になっていく。

セルジオ・マルティーノ監督による猟奇連続殺人鬼物のジャーロ映画の傑作。覆面姿の連続殺人鬼による凶行。糸鋸で腕を切り取られる壮絶な残酷シーン(バラバラ死体)。3人の女性が糸ノコで手足を切り、原題の如くトルソ(人間の頭部・両腕・両脚、すなわち五体を除いた胴体部分のこと)状態になっていく。


「影なき淫獣」(I Corpi Presentano Tracce di Violenza Carnale)予告編

女学生たちを襲う殺人鬼の恐怖を描いたエロティックホラー。ある大学生カップルがカーセックスの最中に、何者かに殺される事件が発生。その後も女学生たちが惨殺されていく。街で巻き起こる恐怖に怯えるダニーは、仲間と気分転換に別荘へ行くが…。

◆STORY
ミラノの学生街で、覆面姿の連続殺人鬼による凶行が起きる。
カー・セックスの後、絞殺された上で乳房をナイフで抉りとられた女。
ドラッグで朦朧とした状態でさ迷い出た森で、湿地に顔を押し付けられて溺死させられた上、両目を潰され身体を切り裂かれる女。
不穏な空気の中、女学生のジェーン(S・ケンドール)は3人の友人達とともに気分転換に田舎の別荘に向かうが、そこにも犯人の魔手は迫ってきた…。

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