スプラッター・スラッシャー映画の不朽の名作ホラーを中心に時系列順にまとめた一覧。黎明期のサイコ(1960年)、「血の祝祭日」(1963年)から現代スラッシャー(殺人鬼ホラー)映画の原点『ハロウィン』(1978年)、スラッシャー映画の金字塔『13日の金曜日』(1980年)、2000年代の世界を震撼させた凶悪な「フレンチ・スプラッター映画」やホステルやソウシリーズなど「拷問ポルノ系」まで振り返っていきます。映画史における「人体破壊描写」「残酷表現」の歴史ともいえる年代記なので、グロ映像や画像、残酷描写や一部ネタバレがあるため苦手な人は閲覧注意でお願いします。

1950年代から60年代

シュルレアリスムの傑作と評されるルイス・ブニュエルとサルバドール・ダリによる『アンダルシアの犬』(1928年)は、スプラッター映画の源流・草分けと評価される。

シュルレアリスムの傑作と評されるルイス・ブニュエルサルバドール・ダリによる『アンダルシアの犬』(1928年)は、スプラッター映画の源流・草分けと評価される。冒頭の女性が剃刀で眼球を真二つにされる衝撃的なショックシーンが特に有名。

スプラッター映画とは、(特殊メイクや効果、撮影トリックなどを駆使した)グロテスクな残酷描写、人体破壊描写、過激な流血描写、殺害シーンにおける生々しい描写に特徴のある、広義のホラー映画のサブジャンル、映画の様式のひとつである。80年代の「13日の金曜日」の大ヒット以降は、特殊メイクによって、殺害描写を丹念に見せ、(まるで本当に殺されたんではないのか?と誤解されるほどリアルな殺人演出で)観客を大いに刺激した。「スプラッター・ムービー」という呼称は1980年代に定着したものであり、1970年代以前は「ゴア・ムービー(Gore Movie)」という呼び方が多く用いられていた。人は血に餓えているのか。そこにスリルと快楽を見出す。残酷な恐怖を売り物にする見世物は連綿と続く人類の歴史と共に歩んできた。

後のスプラッター映画の地ならしに近い役割を果たす50年代の「ショッカー」「ショック映画」の代表作

スプラッター映画が発明される以前には、恐怖映画において「ショッカー」「ショック映画」と呼ばれるジャンルが存在した。観客にショックを与える表現を重視したという点で、後のスプラッター映画の地ならしに近い役割を果たす。当時は、1968年まで存続した「ヘイズ・コード」によって性描写や暴力シーン、残酷表現には限界があった(残酷なシーン・観客に恐怖を与える場面・好色もしくは挑発的なヌード・殺人の手口の描写など)。

アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督の『悪魔のような女』(1955年)

悪魔のような女(1955年)は、衝撃のラスト、あっと驚く結末で有名。パリ近郊の私立学校。校長のミシェルは、妻クリスティナの財産のおかげで地位を得たが、女教師ニコルと公然の愛人関係にある。しかし、彼があまりにも利己的な暴君であるため、妻と愛人の二人は共謀して彼を殺すことに……。ドンデン返しがショッキングなサスペンス・ムービー。

悪魔のような女(1955年)は、衝撃のラスト、あっと驚く結末で有名。パリ近郊の私立学校。校長のミシェルは、妻クリスティナの財産のおかげで地位を得たが、女教師ニコルと公然の愛人関係にある。しかし、彼があまりにも利己的な暴君であるため、妻と愛人の二人は共謀して彼を殺すことに……。ドンデン返しがショッキングなサスペンス・ムービー。

『悪魔のような女』(原題:Les Diaboliques)は、1955年制作のフランスのサイコスリラー映画。ボワロー=ナルスジャックの原作。1996年にシャロン・ストーン、イザベル・アジャーニ主演でリメイク作品が作られた。パリ郊外の寄宿学校の校長・ミシェルは、妻に教鞭をとらせ、同学校の女教師・ニコルと通じ合っていた。しかし横暴で利己的なミシェルの態度に我慢ならなくなったふたりは、ミシェル殺害を企てる。どんでん返しで有名。「サイコ」(1960年)以前に残酷シーンを含んだ映画として大ヒットした。

ジョルジュ・フランジュ監督の『顔のない眼』(1959年)

フランスで最初の重要なホラー映画と呼ばれる「顔のない眼」(1959年)は、繊細で耽美的な医療手術ホラーの原点。

フランスで最初の重要なホラー映画と呼ばれる「顔のない眼」(1959年)は、繊細で耽美的な医療手術ホラーの原点。

狂気の医者が若い娘の生皮を剥ぐ「顔のない眼」の残虐な手術シーン

狂気の医者が若い娘の生皮を剥ぐ「顔のない眼」の残虐な手術シーン

『顔のない眼』(仏: Les Yeux sans visage、英: Eyes Without a Face)は、1959年製作の映画。公開は1960年。フランス・イタリア共同製作。監督:ジョルジュ・フランジュ、出演:アリダ・ヴァリ、ピエール・ブラッスールほか。今なおカルト的人気の高い、アーチスチックなホラー映画の名品。顔に火傷を負った自分の娘に、ほかの娘の皮膚を移植しようとして殺人を犯す外科医を描く。フランス、パリに19世紀末から20世紀半ばまで存在した大衆芝居・見世物小屋のグラン・ギニョール劇場は、後のスプラッター描写やゴシック・ホラーに多大な影響を与え、スラッシャー映画の起源・源流とも評されるが、『顔のない眼』は、そのグラン・ギニョールの系譜・直系とされる映画。

ヴィンセント・プライス主演の『肉の蝋人形』(1953年)

狂気に満ちた彫刻家がもたらす恐怖の世界を描いた元祖ホラームービー。アメリカが誇る怪奇映画の大スター、ヴィンセント・プライスの出世作。若き日のチャールズ・ブロンソンの姿も拝める。

狂気に満ちた彫刻家がもたらす恐怖の世界を描いた元祖ホラームービー。アメリカが誇る怪奇映画の大スター、ヴィンセント・プライスの出世作。若き日のチャールズ・ブロンソンの姿も拝める。

肉の蝋人形(House of Wax)は、1953年のアメリカ映画。ホラー映画。チャールズ・ベルデンの戯曲を原作とした、「肉の蝋人形」”Mystery of the Wax Museum”(1933年)に続く2度目の映画化。狂気に満ちた彫刻家がもたらす恐怖の世界を描いた元祖ホラームービー。歴史に名を残す人物の姿をした蝋人形たちが、静かにたたずむ博物館。金儲けしか頭にない強欲な経営者は、保険金目当てに自らの館に火を放つ。我が子同然の蝋人形たちを救おうと、燃え上がる館に飛び込んだ蝋人形師は、業火に焼かれて死んだかに見えたが…。卓越した腕を持つ蝋人形師が異形の者となり、やがて人間の死体を人形としてコレクションする。

マイケル・ガフ主演の『黒死館の恐怖』(1959年)

屋敷に閉じ込めた美女を犯罪学者が様々な方法で拷問する場面はトラウマ。猟奇趣味の横溢する恐怖スリラー。狂気の犯罪学者をめぐる奇怪な事件の数々が描かれている。

屋敷に閉じ込めた美女を犯罪学者が様々な方法で拷問する場面はトラウマ。猟奇趣味の横溢する恐怖スリラー。狂気の犯罪学者をめぐる奇怪な事件の数々が描かれている。

黒死館の恐怖(Horrors of the Black Museum)は、1959年のイギリスのサスペンス・ホラー映画。ロンドンで残虐な美女連続殺人が発生した。事件の片鱗すらも掴み得ないスコットランド・ヤードに対し、犯罪研究家のバンクロフトは解決に至る幾つかの手がかりを新聞に発表する。バンクロフトは猟奇殺人の研究に熱中するあまり、自宅に黒死館と称する犯罪博物館を造っていたが……。猟奇犯罪を描いた恐怖スリラー。

サイコ(1960年)

「サイコ」(1960年)の主演女優のジャネット・リーがシャワールームで惨殺される有名な「シャワーシーン」が後のスプラッター映画につながっていったと見る意見は多い。

「サイコ」(1960年)の主演女優のジャネット・リーがシャワールームで惨殺される有名な「シャワーシーン」が後のスプラッター映画につながっていったと見る意見は多い。

『サイコ』(Psycho)は、1960年に製作されたアメリカ合衆国の映画。アルフレッド・ヒッチコック監督によるサイコ・スリラー系のサスペンス映画で、全編モノクローム映像。『サイコ』と『血を吸うカメラ』(1960年)がきっかけとなって、世界的に精神異常者による猟奇犯罪を描いた「サイコ・スリラー」が流行した。

「シャワールーム殺人」を完璧な演出で撮った『サイコ』をスプラッターの元祖と見る意見もある。

「サイコ」に登場する精神異常者の殺人鬼であるノーマン・ベイツが、シャワー・ルームで主演女優のジャネット・リーを惨殺するシーンは世界中にショックを与えた。ジャネット・リーの肌をナイフが直接切り裂く具体的な人体破壊描写(スプラッター描写)は見られないが、当時としては画期的と言えるほど過激な暴力描写が物議を醸した。この映画の殺人シーンが後のスプラッター映画・スラッシャー映画というジャンルにつながっていった原点だったと論評されることが多い。以降の恐怖映画は、『サイコ』のシャワーシーンを超える衝撃を観客に与える効果を模索し、従来の恐怖映画よりも猟奇色を強めた作風を突き進めて行った。

ホラー映画やスリラー映画における「絶叫クイーン」の元祖は本作『サイコ』に出演したジャネット・リーであり、今日でも有名なシャワーシーンでの演技が高く評価された。

観客を震撼させた恐怖のショックシーン「ミイラ化したノーマンの母親」

ホラー映画史に残る残酷表現、観客を震撼させた恐怖のショックシーン「ミイラ化したノーマンの母親

血を吸うカメラ(1960年)

カメラの三脚に仕込んだ兇器を被写体に突き付けて、スナッフ映像を狙う『血を吸うカメラ』は、スラッシャー映画の源流と評されることが多い。

カメラの三脚に仕込んだ兇器を被写体に突き付けて、スナッフ映像を狙う『血を吸うカメラ』は、スラッシャー映画の源流と評されることが多い。

『血を吸うカメラ』(原題:Peeping Tom)は、マイケル・パウエル監督による1960年公開のイギリスのサイコサスペンス映画。当時としては猟奇的殺人を扱うのはタブーであり、早すぎたスナッフ映画の誕生に世間は激怒した。性的・暴力的な内容から、公開当時はメディアや評論家から酷評を浴び、イギリスを代表する映画作家の一人ともみられていたパウエルの名声は失墜した。

本作品はしばしば、ほぼ同時期に発表された映画『サイコ』と比較される。『サイコ』が「殺害される人間の恐怖」を表現しているのに対し、血を吸うカメラでは「殺戮を行う側の心理」を惜しげもなく表現している。また、この作品は人間の目から見たカメラ視点が特徴である。

引用元: ウィキペディア(Wikipedia)『血を吸うカメラ』

マーク・ルイスは映画撮影所のカメラマンを努める一方、ヌード写真の撮影を副業としていた。幼い頃から心理学者である父の実験材料にされ育ってきたマーク。いつしか彼は、恐怖に満ちた人間の表情を撮ることに生きがいを感じるようになっていた。

カメラの三脚に仕込んだ兇器を被写体に突き付けて、自分に殺される寸前の犠牲者の恐怖と、断末魔の表情を撮影、そのフィルムを自分で現像映写することに生きがいと快感を覚えるようになっていた(スナッフ映画を撮るのが生きがいの変態・猟奇的殺人鬼)。

ホラー映画史に残る世界初のスプラッタームービー「血の祝祭日」(1963年)

『血の祝祭日』は、1963年に公開されたスプラッター映画の始祖とされるハーシェル・ゴードン・ルイス監督による「血みどろ映画」。

「血の祝祭日」(1963年)は、エジプトの女神を甦らせるために次々と若い女性を惨殺し臓物を生贄に捧げる料理店主の恐怖を描いた世界初のスプラッタ映画。

「血の祝祭日」(1963年)は、エジプトの女神を甦らせるために次々と若い女性を惨殺し臓物を生贄に捧げる料理店主の恐怖を描いた世界初のスプラッタ映画。

スプラッター映画の元祖。血と殺戮のオンパレードで観客に嫌悪感とトラウマを植え付けた。この作品は最初の「ゴア(血糊・スプラッター)」映画であると、大部分の批評家によって認識されている。

眼球をえぐる、手足を切断する、脳や内臓の抉り出しなど、美女の殺戮シーンを延々と映し出す残酷描写の連続に公開当時、大反響を巻き起こしながらも大ヒットを記録した。エジプト料理店のラムゼスは古代エジプトの女神イシュタールを崇拝し、生贄のため、若い女性を殺害し、肉体の一部を晩餐に捧げるという凶行を繰り返していた。彼の殺人はエスカレートしていき、街は恐怖に陥る。

2000人の狂人(1964年)

ハーシェル・ゴードン・ルイス監督による残酷描写満載のスプラッター映画のさきがけともいえる作品「2000人の狂人」(1964年)

ハーシェル・ゴードン・ルイス監督による残酷描写満載のスプラッター映画のさきがけともいえる作品「2000人の狂人」(1964年)

『2000人の狂人』(原題:Two Thousand Maniacs!)は、スプラッター・ムービーの生みの親ハーシェル・ゴードン・ルイス監督による1964年制作のアメリカ合衆国のホラー映画。

南北戦争時、北軍の虐殺で全滅した南部の村の村人たち2000人の怨霊が戦争終結から100年後、記念祭を装って北部から来た旅行客を引き込み、次々と惨殺してバーベキューにしてしまうという、残酷描写満載のスプラッター映画のさきがけともいえる作品。

本作で表現されたフルカラーの流血は、当時マンネリ化したショッキングな視覚効果で飽和状態であった、ホラー映画製作者たちにセンセーションを巻き起こした。

モデル連続殺人!(1963年)

イタリア・ホラー映画界の巨匠として絶大な影響力を誇ったマリオ・バーヴァの猟奇殺人ドラマ「モデル連続殺人!」は、エログロ要素が満載な猟奇ミステリー映画ジャンルの「ジャッロ」(ジャーロ)の基礎を築いた。スラッシャー映画の源流のひとつとも評される。

イタリア・ホラー映画界の巨匠として絶大な影響力を誇ったマリオ・バーヴァの猟奇殺人ドラマ「モデル連続殺人!」は、エログロ要素が満載な猟奇ミステリー映画ジャンルの「ジャッロ」(ジャーロ)の基礎を築いた。スラッシャー映画の源流のひとつとも評される。

モデル連続殺人!(原題:6 Donne per I’assassino)は、マリオ・バーヴァ監督による1964年のイタリアのホラー映画。美女をいたぶり殺すイタリア産の猟奇ミステリー映画ジャンルの「ジャーロ」(ジャッロ)ブームの基礎を築いた作品であり、「血みどろの入江」(1971年)などとともに「スラッシャー映画」の源流のひとつと評される。原題の意味は『暗殺者のための6人の女』であり、6人の美女がのっぺらぼうのマスクをつけた黒づくめの殺人鬼にいたぶり殺されるところが見せ場。ジャッロ/ジャーロ映画に登場する殺人鬼は例えば得体のしれない不気味なマスクをして、黒いコートを着て、黒手袋をして、カミソリを武器にして・・・といった基本フォーマット・ルール・枠組みを生み出している。過激な残酷描写と性描写の両輪がますますエスカレートしていき、イタリアン・ホラー映画(ジャッロ/ジャーロ映画)人気に拍車をかけることになる。

ミステリー映画として物語性やミステリーの謎解きを重視するよりも、濃厚なエログロ要素や美女の殺人劇(人体破壊描写)のインパクトや残酷性を重視するジャッロ/ジャーロ映画の基礎を築いた。スプラッター映画の中でも殺人鬼ホラーである「スラッシャー映画」のプロトタイプでもあった。

ミステリー・サスペンス映画としての物語性やミステリーの謎解き(犯人捜し)を重視するよりも、濃厚なエログロ要素や美女の殺人劇(人体破壊描写)の視覚的インパクトや残酷性(見世物的要素)を重視するジャッロ/ジャーロ映画の基礎を築いた。スプラッター映画の中でも殺人鬼ホラーである「スラッシャー映画」のプロトタイプでもあった。

『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968年)

『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』はドキュメンタリータッチの手法で、9か月を費やしてモノクロ16mmフィルムで撮影された。本作では人外の者のことをリビング・デッド("Living Dead", 生ける屍)またはグール("Ghoul", 食屍鬼)と呼称しており、ゾンビという呼称は次作『ゾンビ』からの登場である。

『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』はドキュメンタリータッチの手法で、9か月を費やしてモノクロ16mmフィルムで撮影された。本作では人外の者のことをリビング・デッド(”Living Dead”, 生ける屍)またはグール(”Ghoul”, 食屍鬼)と呼称しており、ゾンビという呼称は次作『ゾンビ』からの登場である。

『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(原題: Night of the Living Dead )は、1968年公開のアメリカのゾンビ・ホラー映画である。ゾンビ映画のスタンダードになった古典的な名作。当時は知る人ぞ知るカルト映画としての評価にとどまったが、この映画における人肉をむさぼり食うゾンビは、後年のスプラッター・ブームにおいて重要なジャンルとして成長することになる。本作に『ゾンビ』(1979年)、『死霊のえじき』(1985年)を合わせ、「ロメロのゾンビ映画三部作」と呼称される。

バリケードの音に引き寄せられる蘇った死者のゾンビ達(グール)

死人の群れと対峙する長い夜。バリケードの音に引き寄せられる蘇った死者のゾンビ達(グール)

本作のアイコン的な人気キャラであるカレン・クーパー(演:カイラ・ショーン)は、ゾンビとなって蘇り、父親の内臓を食べて、母親を殺す。ゾンビになってしまえば、人間的な理性は失われ、家族も恋人も関係なく人間を襲い、内臓を喰らう怪物になってしまうことを象徴づけた。

本作のアイコン的な人気キャラであるカレン・クーパー(演:カイラ・ショーン)は、ゾンビとなって蘇り、父親の内臓を食べて、母親を殺す。ゾンビになってしまえば、人間的な理性は失われ、家族も恋人も関係なく人間を襲い、内臓を喰らう怪物になってしまうことを象徴づけた。

内臓を食らうゾンビのおぞましさ・・・残酷なゴア表現をとことん追求するための「カニバリズム」嗜好と(吸血鬼ものに通じる)「伝染性」(自分自身や仲間がいつゾンビ化するかわからないハラハラドキドキ感や緊迫感が生まれる)といったゾンビ設定から残酷描写に至るまで、後続作品に絶大な影響を及ぼし、この映画からモダン・ゾンビ映画の歴史は始まった。

処刑軍団ザップ(1970年)

悪魔崇拝のヒッピー達がドラッグと狂犬病のミックスで街の人々を襲いはじめる。

悪魔崇拝のヒッピー達がドラッグと狂犬病のミックスで街の人々を襲いはじめる。

『処刑軍団ザップ』(原題:I Drink Your Blood)は、1970年のアメリカ映画。本作は1970年代初頭に制作されたカルト・ホラーの一つで、狂犬病に感染させられた者達による恐怖と混乱を描く。“サタンの息子”を名乗るヒッピー集団の凶行。報復のために狂犬の血が入れられたミートパイを食べた若者たちは狂人と化し、彼らに襲われた住民も次々に狂っていく……。

狂犬病の血が入ったミートパイを食べてしまった軍団は泡吹いて殺人狂に。他の住人まで感染し街はとんでもないことに。

狂犬病の血が入ったミートパイを食べてしまった軍団は泡吹いて殺人狂に。他の住人まで感染し街はとんでもないことに。

腕が足が首が、すさまじい悲鳴と血しぶきを上げてブッ飛ぶ。「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド/ゾンビの誕生」の影響下で作られたであろう恐怖映画。ヒッピー・ムーブメントとドラッグ・カルチャーを取り入れた、70’sホラーを語る上で外せないカルト・ホラーの傑作。

キャリー(リン・ローリー)が突然電動カッターでおばさんの腕を切って殺害。

キャリー(リン・ローリー)が突然電動カッターでおばさんの腕を切って殺害。

【ストーリー】
ニューヨーク州バレービル。人口40人程の小さな町に“サタンの息子たち”を名乗るヒッピー集団がやって来る。町中で暴れまわる彼らに報復するため、少年ピートはミートパイに 狂犬の血を入れるが、それを食べたヒッピーたちは狂人と化し、仲間内で殺し合い、更には町の住人を襲い始める――。

パイを食べた集団は次第に感染の兆候が現れ、ついに理性を失い互いに殺し合いを始める。逃げ出した女性メンバー、および彼女たちと肉体関係を結んだダムの労働者達も狂犬病に感染し、町を巻き込んだ殺戮へと発展した。 そして、感染者たちは警官によって全員銃殺された。

世界初のグロ・ゾンビ映画『悪魔の墓場』(1974年)


悪魔の墓場(原題:Non si deve profanare il sonno dei morti)は、1974年に公開されたイタリア・スペインのゾンビ映画・SFホラー映画。死者の大群と人間の攻防を描く他のゾンビ映画と違って、ゾンビの発生に気付いているのがごく一握りで、主人公らが殺人犯と疑われるサスペンス風(ジャッロ・ジャーロ映画)の異色作になっている。

日本で初公開当時、人喰いゾンビ映画は殆ど知られておらず、強烈なインパクトがあった。人喰いゾンビが徘徊暗躍するグロ・ゴア・スプラッター映画として悪名を轟かした1本。元祖スプラッター映画として内臓と鮮血が飛散る残酷描写が、リアルで衝撃的だった。

ジャンネット・デ・ロッシの特殊メイクを駆使したスプラッター(人体破壊)描写は、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』をしのぐ過激さになっている。

ジャンネット・デ・ロッシの特殊メイクを駆使したスプラッター(人体破壊)描写は、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』をしのぐ過激さになっている。70年代後半のイタリア産のゾンビ映画は、腐敗臭が漂ってきそうなくらい「リアルなゾンビ描写」、本当に人を殺しているのではないか?と誤解されるほど「リアルな人体破壊描写」(露骨な残虐性)が売りになっていた。加えて「過激な性描写」も定評であった。

イタリア映画界は『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』から強い影響を受けたゾンビ映画の名作とされる『悪魔の墓場』(1974年)を送り出す。『悪魔の墓場』では後に『サンゲリア』(1980年)で名声を確立する特殊メイク技師・ジャンネット・デ・ロッシの腕によるゾンビのメーキャップと残酷描写が『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』をしのぐ過激さを見せる。このように1970年代のイタリア映画は、残酷描写の追求にかけてアメリカ映画と張り合う急進性を発揮していた。

病院の死体安置室で蘇った縫い目ゾンビが人間を食い散らかしてゾンビのカニバリズム性のおぞましさをカラー映像を見せつけた。

病院の死体安置室で蘇った縫い目ゾンビが人間を食い散らかしてゾンビのカニバリズム性のおぞましさをカラー映像を見せつけた。縫い目ゾンビたち病院の受付嬢を襲い巨乳も引きちぎって心臓や内臓を喰らった。

(上記画像=最大の見せ場のひとつの説明)主人公のジョージは、エドナが入院した病院へ向かうが、そこでも蘇生した死者による殺戮が始まっていた。人間の内臓を欲する3人のゾンビに襲われた受付の女性は、無残にも乳房を引きちぎられ、腹も引き裂かれていた。悪魔の墓場は、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』がもたらした新しいゾンビ像である「人間を襲うこと・内臓を喰らうカニバリズム性、ゾンビに傷つけられる(殺される)とゾンビになる感染性」などが受け継がれている。

1970年代

スプラッター・スラッシャー映画の原点・元祖的な存在

スラッシャー映画の原点「血みどろの入江」(1971年)

血みどろの入江(原題:A Bay of Blood)は、イタリアのマリオ・バーヴァ監督による1971年のホラー映画。血みどろの入江はスプラッター映画の最初期の1作、スラッシャー映画の原点と見なされている。また「13日の金曜日」(1980年)の元ネタとして知られる。

スラッシャー映画の原点「血みどろの入江」(1971年)

スラッシャー映画の原点「血みどろの入江」(1971年)

耽美派ホラーの名匠、マリオ・バーヴァ監督による残酷サスペンスホラー。美しい海辺を臨む豪邸で老伯爵夫人が殺害され、犯人である夫も行方不明になった。夫人が残した莫大な遺産をめぐり、娘のレナータら親族や関係者たちが入江に集まって来るが…。

「サスペリア」のダリオ・アルジェントが密かに偏愛し、「13日の金曜日」シリーズにも絶大な影響を与えた衝撃作がニューマスターで登場!首が飛び、喉が裂け、槍が胴体を貫通し、顔面を鉈が叩き割る!凄惨 な流血描写と共に、耽美派ホラーの名匠マリオ・バーヴァが、欲望渦巻く殺人劇をデカダンス溢れる筆致で描いた残酷サスペンス。
美しい海辺を望む豪邸で老伯爵夫人が自殺を装って殺害され、犯人である夫も何者かに襲われて行方不明となった。夫人が残した莫大な遺産“湾の所有権”を巡り、娘のレナータら、親族や関係者たちが入江に集まっ てくる。だが、彼らは一人、また一人と姿なき殺人者の手にかかり、無残な最期を遂げてゆく。血の殺戮を繰り返す犯人は誰なのか?そして、不気味な死の静寂のなかで遺産を手にする者とは―。

映画冒頭で老伯爵夫人を殺害し、行方不明になっていた夫の死体。水死体に蛸を這わせるグロテスクな描写。

映画冒頭で老伯爵夫人を殺害し、行方不明になっていた夫の死体。水死体に蛸を這わせるグロテスクな描写。見せ場のひとつである有名なショックシーン。

性行為に夢中になっていたカップルの男女が、二人とも串刺しになって死亡。

性行為に夢中になっていたカップルの男女が、二人とも串刺しになって死亡。スラッシャー映画のお約束である「セックスをすると殺される」ギミックが生まれる。

「13日の金曜日」を先取りしたような「若者の顔面に鉈を打ち込む」、「水死体に蛸を這わせるグロテスクな描写」など、当時としては、他にはないほどの残酷なゴア・スプラッター描写が満載。

スラッシャー映画では、殺害方法として「若者の顔面に鉈を打ち込む」という伝統(お約束)が生まれた。

スラッシャー映画では、殺害方法として「若者の顔面に鉈を打ち込む」という伝統(お約束)が生まれた。

『血みどろの入江』は残酷描写の演出におけるビジュアル面とストーリーラインにおいて、1980年代のスプラッター・ブームにおける火つけ役となる『13日の金曜日』(1980年)に多大な影響を及ぼすこととなる。

残酷!女刑罰史(1970年)

若い女の舌を引き抜こうとする拷問

若い女の舌を引き抜こうとする拷問

『残酷!女刑罰史』(独: Hexen bis aufs Blut gequält、英: Mark of The Devil)は、1970年の西ドイツで制作された映画である。中世の魔女狩りをテーマに、残酷な拷問の数々を描くショッキング映画。

若い女の舌は、無残にも根もとから抜かれてしまった。

若い女の舌は、無残にも根もとから抜かれてしまった。

針の山の椅子に座る拷問。お尻から出血がひどい。

針の山の椅子に座る痛々しい拷問。お尻から出血がひどい。

時は15世紀。魔女審問官の首席カンバーランド卿の到着によって魔女狩りの勢いはますます盛んになった。クリスチャンは卿のために働く事を名誉と考える貴族の青年だったが、極悪非道の魔女狩り人アルビーノの仕打ちを見るにつれ魔女狩り自体に疑問を感じ始めていた。やがてクリスチャンは魔女の疑いをかけられた美しい娘ヴァネッサと出会い、その思いをますます強いものとしていく……。

タランチュラ(1971年)
クローディーヌ・オージェ、バーバラ・バック、バーバラ・ブーシュ、ステファニア・サンドレッリと、当時の美女が出演し、3人もボンド・ガールがでているのはこの映画ぐらい。最高のセクシーサスペンス・スプラッター映画。

クローディーヌ・オージェ、バーバラ・バック、バーバラ・ブーシュ、ステファニア・サンドレッリと、当時の美女が出演し、3人もボンド・ガールが出演しているのはこの映画ぐらい。映画史に残る最高のセクシーサスペンス・スプラッター映画。

タランチュラ(原題:La tarantola dal ventre nero)は、1971年のイタリアのジャッロ映画。美女が残酷に殺されるミステリー仕立ての恐怖映画であるイタリア産のジャッロ(ジャーロ)映画。数多いジャッロ映画の中でもタランチュラは、殺害される女性が最高レベルの美女ぞろいだったため、大いに受けた。ジャッロ愛好家にはタマラナイ作品になっている。次々と殺される裸の美女、特に「007 私を愛したスパイ」でボンドガールになったバーバラ・バックの裸が売りのジャッロ映画。

エロスと残酷さが大炸裂するスプラッターエロス。ジャッロ映画だけに整合性や物語性でなく、エログロな視覚的なインパクトが重視の展開。

エロスと残酷さが大炸裂するスプラッターエロス。ジャッロ映画だけに推理や整合性や物語性でなく、エログロな視覚的なインパクト(見世物)が重視の展開。

スプラッタージャンルをさらに狂暴で衝撃的な領域に押し進めた「血の魔術師」(1972年)

謎が謎を呼ぶオカルト・ミステリー色のスプラッター映画の原点にして最高峰「血の魔術師」(1972年)

謎が謎を呼ぶオカルト・ミステリー色のスプラッター映画の原点にして最高峰「血の魔術師」(1972年)

「血の魔術師」は、スプラッター・ムービーの始祖と崇められるハーシェル・ゴードン・ルイス監督による1972年のアメリカ合衆国のスプラッター映画。幻覚魔術師の正体、その目的や動機など謎が謎を呼ぶ先の読めないストーリー展開。衝撃のラストで有名な作品。最後はどんでん返しが待っています。現実と虚構の境目が分からなくなるホラーというよりもSF的なメタフィクション・オチは驚愕。

『血の魔術師』(THE WIZARD OF GORE)は、ハーシェル・ゴードン・ルイス最高傑作と言われる後期の"ゴア・ムービー"(血糊映画)の傑作。魔術師モンターグは舞台で様々な方法で美女を殺害するが、一瞬後には美女は元に戻っているとい う魔術を披露していた。しかし、その後美女たちは舞台と同じ方法で何者かに殺害されていく。果たしてモンターグの仕業なのか?ラストは衝撃的!

『血の魔術師』(THE WIZARD OF GORE)は、ハーシェル・ゴードン・ルイス最高傑作と言われる後期の”ゴア・ムービー”(血糊映画)の傑作。魔術師モンターグは舞台で様々な方法で美女を殺害するが、一瞬後には美女は元に戻っているとい う魔術を披露していた。しかし、その後美女たちは舞台と同じ方法で何者かに殺害されていく。果たしてモンターグの仕業なのか?ラストは衝撃的!

お定まりの情け容赦ない手口で協力者の手足を切断する、ステージ・マジシャンが登場する。魔術師モンターグは舞台で様々な方法で美女を殺害するが、一瞬後には美女は元に戻っているという魔術を披露していた。しかし、その後美女たちは舞台と同じ方法で何者かに殺害されていく。果たしてモンターグの仕業なのか?ラストは衝撃的!

ゴア・ゴア・ガールズ(1972年)

スプラッター・ムービー生みの親・ハーシェル・ゴードン・ルイス監督の幻の引退作「ゴア・ゴア・ガールズ」(1972年)

スプラッター・ムービー生みの親・ハーシェル・ゴードン・ルイス監督の幻の引退作「ゴア・ゴア・ガールズ」(1972年)

ゴア・ゴア・ガールズ(原題:Gore-Gore Girls) は、スプラッター映画の生みの親として知られるハーシェル・ゴードン・ルイス監督による1972年制作のアメリカ合衆国のスプラッターホラー映画。ストリッパーがむごい方法で惨殺されていく連続殺人事件が発生する。激しいスプラッター描写が見どころ。日本では長年観る機会のなかった幻の作品である。スプラッター・ムービー生みの親・ハーシェル・ゴードン・ルイス幻の引退作。

『ゴア・ゴア・ガールズ』(THE GORE GORE GIRLS)は、ハーシェル・ゴードン・ルイスの監督引退作。ルイス史上でも最大のスプラッター大会が繰り広げられる。ストリッパー連続殺人事件が起こり、美女がむごたらしい方法 で殺害されていく。日本では長年観る機会のなかった幻の作品である。

『ゴア・ゴア・ガールズ』(THE GORE GORE GIRLS)は、ハーシェル・ゴードン・ルイスの監督引退作。ルイス史上でも最大のスプラッター大会が繰り広げられる。ストリッパー連続殺人事件が起こり、美女がむごたらしい方法 で殺害されていく。日本では長年観る機会のなかった幻の作品である。

ストリッパーばかりを狙う連続殺人鬼の恐怖。顔面をアイロンで焼き潰し、白い尻を粉砕し、頭部を油で丸揚げにする異常な手口。犯人は誰か?その動機は?ルイスの引退作に相応しい入魂の一大スプラッター描写と、シュールなギャグを盛り込んだ残酷ミステリー。

子連れ狼 三途の川の乳母車(1972年)

若山富三郎主演で映画化した時代劇シリーズ「子連れ狼」は、スプラッター映画の元祖的な存在として知られている。中でも「子連れ狼 三途の川の乳母車」は、ファンの間で最高傑作の誉れ高い。

若山富三郎主演で映画化した時代劇シリーズ「子連れ狼」は、スプラッター映画の元祖的な存在として知られている。中でも「子連れ狼 三途の川の乳母車」は、ファンの間で最高傑作の誉れ高い。

『子連れ狼 三途の川の乳母車』は、1972年4月に公開された日本映画。勝プロダクション製作、若山富三郎主演の映画版『子連れ狼』の第2作。第1作『子を貸し腕貸しつかまつる』のヒットにより、前作と同じく勝プロダクションで製作された。日本映画でも血みどろのスプラッター描写が特徴の作品が増加していた。最初から最後まで、飛び交う血しぶきと人体破壊。人体破壊描写が多いこの作品は海外ではスプラッター映画として紹介されることが多い。元祖スプラッターアクション映画。


「子連れ狼 三途の川の乳母車」(公開年月日 1972年04月22日) 予告篇

伝説の「真っ二つに人体を斬る」シーン(市川雷蔵主演「斬る」(1962年))斬新な殺陣と映像美が話題となった。殺陣においては血しぶきは上がらない。

伝説の「真っ二つに人体を斬る」シーン(市川雷蔵主演「斬る」(1962年))斬新な殺陣と映像美が話題となった。殺陣においては血しぶきは上がらない。

ウェス・クレイヴン監督による『鮮血の美学』(1972年)

レイプ・リベンジ・ムービーというジャンルの原点にして最高傑作ホラーである『鮮血の美学』(1972年)

レイプ・リベンジ・ムービーというジャンルの原点にして最高傑作ホラーである『鮮血の美学』(1972年)

『鮮血の美学』(原題:The Last House on the Left)は、1972年のアメリカ映画。少女レイプで物議を醸した1960年の映画『処女の泉』をベースとしているスプラッターホラー。レイプ・リベンジ・ムービーの原点にして最高傑作。2009年にはリメイク版が製作された。外に住むコリンウッド夫妻の一人娘であるマリーとその友人のフィリスが4人の男に強姦された揚句、惨殺されてしまう。やがて犯人と遭遇した夫妻は恐ろしい復讐を開始する。映画史に残る後味が悪いスプラッターホラー映画として有名。

一人娘のマリーが殺され、復讐の鬼となったコリンウッド夫妻。コリンウッド夫人は、殺人犯の一人であるウイーズルを誘惑して外に誘い出し、男性器を食いちぎる。壮絶すぎる復讐が始まる。

一人娘のマリーが殺され、復讐の鬼となったコリンウッド夫妻。コリンウッド夫人は、殺人犯の一人であるウイーズルを誘惑して外に誘い出し、フェラチオをするふりして、男性器を食いちぎる。壮絶すぎる復讐が始まる。

愛欲の魔神島 謎の全裸美女惨死体(1972年)

全裸美女が狂ったようにナイフを振り下ろす。冒頭からショッキングな演出で始まる

全裸美女(ドラッグで錯乱状態にある若いアメリカ人女性のペニー)が狂ったようにナイフを振り下ろす。冒頭からショッキングな演出で始まる「愛欲の魔神島」。

「愛欲の魔神島 謎の全裸美女惨死体」(原題:Tower of Evil / Horror on Snape Island)は、1972年のジム・オコノリー監督によるカルトホラー映画。『血みどろの入江』(1971年)と並んで「スラッシャー映画」の元祖・源流のひとつと評される。日本ではテレビ放送されたのみでビデオ発売すらされなかったが、その後の口コミによって熱狂的なファンを生み出し、「カルト映画」の傑作として長年愛されてきた名作ホラー。オカルト的なムードが漂うサイコスラッシャー映画。離島に潜む狂人一家による連続猟奇殺人というプロットは「悪魔のいけにえ」(1974年)を先取りしている。

まるで怪物のようにグロテスクな狂人一家の殺人鬼

まるで怪物のようにグロテスクな狂人一家による猟奇殺人。性的に奔放な男女ばかりが犠牲になるという本作の設定も、スラッシャー映画の原点と言える。

【STORY】
カナダのハドソン沖にある無人島。漁師ハンプは父親ジョンと灯台付近で複数の全裸遺体を発見するが、その直後にジョンは女によって刺される。女の名はペニー。仲間4人と遊びにきて彼女以外は全員殺されていたのだ。ペニーが手にしていたのは古代の邪教の儀式に使われるものだと突き止めた4人の考古学者は、その島へ調査に向かうが・・

マッキラー(1972年)

少年たちの親が容疑者であるジプシー女を袋叩きにする。

少年たちの親が容疑者であるジプシー女を袋叩きにする。

マッキラー(原題:Non si sevizia un paperino/Don’t Torture a Duckling)は、ルチオ・フルチ監督による1972年のイタリアのジャッロ映画。スプラッター映画。

イタリアの田舎村で子供たちばかりが狙われる連続殺人事件が発生。呪術を使うと噂されるジプシー女が疑われ、村人にリンチされて殺される。事件を追うジャーナリストは真犯人は別にいると考え、排他的な村で独自に真相を究明する……。

崖から転落した真犯人が岩肌で顔の肉を削り取られるさまを執拗に追い悪名を高めた。

崖から転落した真犯人が岩肌で顔の肉を削り取られるさまを執拗に追い悪名を高めた。

ラストで崖から落ちていく犯人の顔が岩に激突し、顔面が残酷に削られ、火花まで散るサービス精神。

崖で削られる「顔面崩壊」は、ホラー映画史に残る残酷なショックシーンとして語り継がれている。

崖から転落し岩肌で顔面が削られていく「顔面崩壊」シーンは、ホラー映画史に残る残酷なショックシーンとして語り継がれている。

イタリアのジャッロ映画の名作「影なき淫獣」(1973年)

イタリアのエロスとバイオレンスを追求したホラー映画のジャンルである「ジャッロ映画」の名作「影なき淫獣」は、スラッシャー・ムービーの元祖的な存在と評されるサスペンスホラー映画。

イタリアのエロスとバイオレンス(エログロ)を追求した猟奇ホラー映画のジャンルの俗称である「ジャッロ映画」(ジャーロ映画)の名作「影なき淫獣」は、スラッシャー・ムービーの元祖的な存在と評されるサスペンスホラー映画。

影なき淫獣(I CORPI PRESENTANO TRACCE DI VIOLENZA CARNALE(伊)TORSO(英))は、1973年のイタリアのサスペンスホラー映画。スラッシャー・ムービーの元祖にして伝説的傑作。ミラノの学生街で覆面姿の連続殺人鬼による凶行が起きる。不穏な空気の中、女学生のジェーンは気分転換に友人と共に田舎の別荘に向かうが、犯人の魔の手はそこにも迫っていた。初期のジャーロ作品の殺害の舞台(対象)はセレブや芸術家が中心であったが、影なき淫獣は、若者・学生が舞台の中心になった。若者が謎の殺人鬼に惨殺される80年代の「スラッシャー映画」の基礎や土台が築かれている。

セルジオ・マルティーノ監督による猟奇連続殺人鬼物のジャーロ映画の傑作。覆面姿の連続殺人鬼による凶行。糸鋸で腕を切り取られる壮絶な残酷シーン(バラバラ死体)。糸ノコで手足を切り、原題の如くトルソ状態になっていく。

セルジオ・マルティーノ監督による猟奇連続殺人鬼物のジャーロ映画の傑作。覆面姿の連続殺人鬼による凶行。糸鋸で腕を切り取られる壮絶な残酷シーン(バラバラ死体)。3人の女性が糸ノコで手足を切り、原題の如くトルソ(人間の頭部・両腕・両脚、すなわち五体を除いた胴体部分のこと)状態になっていく。


「影なき淫獣」(I Corpi Presentano Tracce di Violenza Carnale)予告編

女学生たちを襲う殺人鬼の恐怖を描いたエロティックホラー。ある大学生カップルがカーセックスの最中に、何者かに殺される事件が発生。その後も女学生たちが惨殺されていく。街で巻き起こる恐怖に怯えるダニーは、仲間と気分転換に別荘へ行くが…。

◆STORY
ミラノの学生街で、覆面姿の連続殺人鬼による凶行が起きる。
カー・セックスの後、絞殺された上で乳房をナイフで抉りとられた女。
ドラッグで朦朧とした状態でさ迷い出た森で、湿地に顔を押し付けられて溺死させられた上、両目を潰され身体を切り裂かれる女。
不穏な空気の中、女学生のジェーン(S・ケンドール)は3人の友人達とともに気分転換に田舎の別荘に向かうが、そこにも犯人の魔手は迫ってきた…。

悪魔の入浴・死霊の行水(1972年)

悪魔の入浴・死霊の行水(原題:Ceremonia sangrienta/Le vergini cavalcano la morte/The Legend of Blood Castle)は、1972年のスペイン・イタリアのスプラッター・ホラー映画。女の生き血を全身に浴びては若返りを図っていたエリザベート・バートリー伝説を描いたゴシック・ホラー。オカルト調のサイコホラー。

夜更けにナディアの寝室に忍び込んだ侯爵は怯える彼女を連れ去り、屋根裏部屋で首を刺し抜いて殺害する。

夜更けにナディアの寝室に忍び込んだ侯爵は怯える彼女を連れ去り、屋根裏部屋で首を刺し抜いて殺害するスプラッター描写。

夫が処女を拐っては殺し、エリザベートはその血を浴びる。

階下の部屋では全裸になったエリザベータが天井の穴から滴り落ちるベットリとした生き血を全身に浴び、恍惚の表情を浮かべているのだった。

階下の部屋では全裸になったエリザベータが天井の穴から滴り落ちるベットリとした生き血を全身に浴び、恍惚の表情を浮かべているのだった。

エリザベータの生き血浴びはエスカレートし、次々に村の生娘達が失踪していく。

エリザベータの生き血浴びはエスカレートし、次々に村の生娘達が失踪していく。

村人達は後日、人数を集め城に乱入。侯爵の墓を暴くが、棺の中にあったのは血を抜かれた処女達の死体だった。

村人達は後日、人数を集め城に乱入。侯爵の墓を暴くが、棺の中にあったのは血を抜かれた処女達の死体だった。

イルザ ナチ女収容所 悪魔の生体実験(1974年)

「女収容所もの」(女囚もの)は、収容所で女囚人をいたぶる残虐シーンが売り物の1970年代に流行したポルノ映画ジャンル。

「女収容所もの」(女囚もの)は、収容所で女囚人をいたぶる残虐シーンが売り物の1970年代に流行したポルノ映画ジャンル。『イルザ ナチ女収容所 悪魔の生体実験』は「女囚もの」の原点にして頂点な代表格的作品。鬼畜系悪趣味映画の走りともいえる作品。

『イルザ ナチ女収容所 悪魔の生体実験』(Ilsa, She-Wolf of the SS)は1974年に制作された映画。女子収容所を舞台にしたグラマーな女所長イルサが、非道の限りを尽くすカルト・エロス。制作会社はカナダで撮影はアメリカで行なわれている。低予算のエクスプロイテーション映画ではあったが当時としては大ヒットし、後に多くの同種の映画を生み出す契機となった。

第二次世界大戦中、ヒットラー第三帝国治下の捕虜収容所に於いて行われた生体実験の模様を描く。冷酷無比かつサディスティックな拷問を繰り広げる女収容所長イルサ(ダイアン・ソーン)を主人公にしたエロティック・シリーズの記念すべき第一弾。祖国のためという大義名分のもと、ナチス強制収容所の所長イルサは残虐な生体実験を始める。女子収容所を舞台にしたポルノ作品。イルザは悪魔のような人体実験を繰り返し、虫けらのように捕虜を殺してゆく。

男性はイルザのセックスの相手として寝室に呼ばれ、ことが終われば去勢された(麻酔なしで男性器を切断する残酷シーンが見せ場として描かれた)。

最大の見せ場のひとつ、生理的に嫌悪感を感じる「傷口に蛆を沸かしている」拷問シーン。

最大の見せ場のひとつ、生理的に嫌悪感を感じる「傷口に蛆を沸かしている」拷問シーン。

麻酔なしでの男根を去勢したり、傷口に蛆を沸かしている拷問・人体実験シーンなど残虐シーンのオンパレードであり、当時の観客の度肝を抜いた。

イルザ(悪魔)シリーズ(続編)
  • 『イルザ アラブ女収容所 悪魔のハーレム』
  • 『女体拷問人グレタ』
  • 『イルザ シベリア女収容所 悪魔のリンチ集団』

『イルザ ナチ女収容所 悪魔の生体実験』の公開以降、「ナチもの」や「女収容所もの」(女囚もの)が大流行した。便乗映画作りが得意なイタリアでは、リノ・ディ・シルヴェストロ監督の「悪魔のホロコースト」(1976年)など「ナチ収容所」を舞台にしたエログロ映画が量産されるようになった。

悪魔のしたたり/ブラッドサッキング・フリークス(1974年)

悪魔のしたたりは、不快極まりない見世物小屋で繰り広げる残酷な女体拷問ショーを描く。最大の見せ場の一つは、脳髄をすするシーン。

悪魔のしたたりは、不快極まりない見世物小屋で繰り広げられる残酷な女体拷問ショーを描く。最大の見せ場の一つは、脳髄をすするシーン

悪魔のしたたり(原題:BLOODSUCKING FREAKS)は、1974年製作のアメリカの鬼畜系スプラッター映画見世物小屋のショーとして残酷な拷問を受ける女性達を描いた、悪趣味・スプラッター・ホラー。不謹慎かつ下品で不快な映画として悪名高い。

自称魔術師のサルドゥが相棒の小男ラルフスと共に見世物小屋で繰り広げる残酷な女体拷問ショー。裏の顔は奴隷売買のディーラーであるサルドゥは、次々と女性を誘拐しては、過激な女体拷問ショーに登場させるために残虐な調教していた。ひたすら女性に対して不快極まりない変態的な拷問が続く。

女性のお尻に的を書いてダーツをする、腕や首チョンパは勿論、電気攻めなどバラエティに富んだ拷問シーンが盛り沢山。特に「脳髄をすする変態シーン」「男性器をホットドッグとして食べる変態シーン」が有名。ファシスト達が少年少女にあらんかぎりの変態行為を尽くす『ソドムの市』(1975年)に並ぶ鬼畜系悪趣味映画の元祖的な存在。

悪魔の調教師

核実験によって父親を廃人にされ、精神に異常をきたしたアンドレは女性たちを監禁し、異様な調教と虐待を繰り返していた。そんな彼は車で旅をしていたショーガールたちを新たな生贄として拉致するが……。

核実験によって父親を廃人にされ、精神に異常をきたしたアンドレは女性たちを監禁し、異様な調教と虐待を繰り返していた。そんな彼は車で旅をしていたショーガールたちを新たな生贄として拉致するが……。

悪魔の調教師(原題:TERROR CIRCUS/BARN OF THE NAKED DEAD/NIGHTMARE CIRCUS)は、1974年のアメリカのスプラッター・ホラー映画。核実験により精神を病んだ青年の狂気を描いた問題作。

日本では、1974年のオカルトブームの年に公開されたスプラッター・ホラーの1本。邦題に“悪魔の”と付いているのも、オカルト(心霊・悪霊・悪魔)ブームの表れ。

『悪魔のいけにえ』(1974年)『サランドラ』(1977年)に影響を与えたと言われる、グラインドハウスの金字塔的作品。核実験の影響で父親を廃人にされ、自らも精神分裂病になった元サーカス団員の青年。狂ってしまった彼の心は、若い女をさらい調教するという蛮行に走り始める。

放射能によって怪物化した父親はクライマックスまで全身像を見せない。ケロイド状になったグロテスクな父親の顔。

放射能によって怪物化した父親はクライマックスまで全身像を見せない。ケロイド状になったグロテスクな父親の顔。

アンドレーは、核実験により父を廃人にされ、母に捨てられて悪魔と化した元サーカス団にいた過去をもつ精神異常者だった。旅行中の女をさらってきては鎖に繋ぎ、女を動物に見たててサーカスをやろうというのだ。

暗闇にベルが鳴る(1975年)

多くのスラッシャー映画の原点となったサスペンスホラーの傑作「暗闇にベルが鳴る」(1975年)

多くのスラッシャー映画の原点となったサスペンスホラーの傑作「暗闇にベルが鳴る」(1975年)

『暗闇にベルが鳴る』(原題:Black Christmas)は、1974年制作のカナダのサスペンス・スリラー映画。女子学生寮に忍び込んだ影なき殺人鬼がまきおこすサスペンス。クリスマス前後の女子学生寮を舞台に、奇怪なイタズラ電話に端を発した猟奇殺人を描いた恐怖映画。多くのスラッシャー映画の原点となった歴史的傑作。

『暗闇にベルが鳴る』(原題:Black Christmas)では、殺人鬼の正体は誰なのかは最後まで分からない。2006年のリメイク作品では、オリジナルでは全く言及されなかったビリーやアグネスの正体まで描かれている。

『暗闇にベルが鳴る』(原題:Black Christmas)では、殺人鬼の正体は誰なのかは最後まで分からない。2006年のリメイク作品では、オリジナルでは全く言及されなかったビリーやアグネスの正体まで描かれている。

【ストーリー】冬の澄んだ空気に包まれたクリスマス。賛美歌が流れ、パーティーで賑わう女子寮に不気味な怪電話がかかってきた。「お前たちを殺す―」誰もがタチの悪い冗談だと笑うが、休暇の準備で部屋に戻った女学生のひとりがクローゼットに潜む何者かに襲われ、行方不明になってしまう。その晩から、電話のベルが妖しく鳴り響くたび、少女たちはひとり、またひとりと消えていく。暗闇からじっと見つめる謎の瞳。寮に残った美人学生ジェス(O・ハッセー)は、電話口で犯人が呟いたある言葉から、殺人魔の正体が自分の恋人ピーター(K・デュリア)ではないかと不安に怯えるが…。

イタリアのジャーロ映画の金字塔『サスペリアPART2』(1975年) 映画史に残る傑作ミステリー。

『サスペリアPART2』の最初の惨劇のシーン。切れ味のある残酷描写になっている。

『サスペリアPART2』の最初の惨劇のシーン。窓ガラスにガチャンと顔を叩きつける残酷殺人。切れ味のあるスプラッター描写になっている。

『サスペリアPART2』(原題:Profondo Rosso、英題:Deep Red)は、1975年公開のイタリアのダリオ・アルジェント監督によるサスペンス映画である。日本では本作が『サスペリア』の前に作られたにもかかわらず、2作目という題がつけられた。本作はあくまでも生身の人間の犯罪者による猟奇殺人を描いたサイコホラー作品であり、現代に潜む魔女を描いたオカルト映画の記念碑的名作「サスペリア」とは内容にも全く関連性がない。理由としては本作が『サスペリア』より後に日本に輸入されたことと、配給会社が『サスペリア』のヒットを受け、『サスペリア』の続編として公開したほうが売れると考えたためである。本作は、スプラッター・ホラー映画としても傑作であるが、推理劇として見ても、映画史に残る「傑作ミステリー」として語り継がれている。

気味の悪い子供の絵。ホラー要素満載の極上のミステリーになっている。

気味の悪い子供の絵。ホラー要素満載の極上のミステリーになっている。実は冒頭で流れたクリスマスの惨劇を描いた絵。


サスペリアPART2(1975年)のトラウマキャラ「笑い人形」 バーンと扉が開いて、笑い人形が迫ってくる。一度見たら忘れられない恐ろしいシーン。全く意味不明な人形が笑いながら歩いてくるシーンは視聴者にトラウマを植え付けた。

イギリスからローマにやってきた若いピアニストが、次々と起こる異常な殺人事件に巻きこまれるサスペンス・ホラー。女予言者が殺されたのを手始めに連続殺人が発生。事件に巻き込まれたピアニストは謎の犯人像に迫るが……。鋭利な刃物で切り裂かれる肉体、熱湯でただれる顔、奇怪なからくり人形など、これまでに見たことのないショッキング描写が全編を彩る、サスペンス・ホラー。

実は物語の序盤で大胆にも犯人が一瞬映りこんでいる。異様な絵が多く飾られた廊下にある鏡には、実は犯人が映っていた。超有名なネタとして語り継がれている。

実は物語の序盤で大胆にも犯人が一瞬映りこんでいる。異様な絵が多く飾られた廊下にある鏡には、実は犯人が映っていた。超有名なネタとして語り継がれている。

『サスペリアPART2』は、ホラー的な要素を巧みに取り入れたサスペンス映画の傑作。スラッシャー映画の源流のひとつ。『サスペリアPART2』は殺人などの残酷描写を主眼とするサスペンス・スリラー映画=「ジャーロ映画」の代表作であり、アルジェント映画の最高傑作と讃えるファンも多数いる作品。

「重要なものを見ているのにもかかわらず見過ごしている」という監督の初監督作品『歓びの毒牙』のオマージュとされる映像トリック。マークは、あの時見たのは絵ではなく、犯人が映った鏡だったことに気付く。

「重要なものを見ているのにもかかわらず見過ごしている」という監督の初監督作品『歓びの毒牙』のオマージュとされる映像トリック。マークは、あの時見たのは絵ではなく、犯人が映った鏡だったことに気付く。


カルロの母親の映画史に残る壮絶な最期。とても丈夫な恐ろしいネックレス。ネックレスがエレベータにひっかかり、首が切断される。

ダリオ・アルジェント監督のジャッロ映画『4匹の蠅』(1971年)の映画史に残る伝説の首チョンパ

車で逃走する真犯人が、前方不注意でトラックに追突する真犯人の死亡オチ。ジャッロ作品ではよくあるパタンだが、アルジェント監督は、なんとこの追突事故を詳細に残酷美として仕上げ、映像化した。

車で逃走する真犯人が、前方不注意でトラックに追突する真犯人の死亡オチ。ジャッロ作品ではよくあるパタンだが、アルジェント監督は、なんとこの追突事故を詳細に残酷美として仕上げ、映像化した。

『4匹の蝿』(伊: 4 mosche di velluto grigio、英: Four Flies on Grey Velvet)は、ダリオ・アルジェント監督による1971年にイタリアで製作されたサスペンス映画、ジャッロ映画。
ダリオ・アルジェントの初監督作品『歓びの毒牙』(原題『水晶の羽を持つ鳥』)、2作目『わたしは目撃者』(原題『9尾の猫』)に続く、“動物三部作”の最後を飾る作品となっている(本作の原題は、『灰色びろうどの上の4匹の蝿』)。

車で逃走する真犯人が、前方不注意でトラックに追突し、フロントガラスが粉々に砕けて、運転席が抉られ、首チョンパ、爆発炎上という衝撃のラストをスローモーションでじっくり見せるという驚異的な演出。こだわりのラストシーンが最大の見せ場。「オーメン」(1976年)の首チョンパの元ネタのひとつと思われる。

フロントグラスが粉々に砕けていく。

フロントグラスが粉々に砕けていく。

粉々になったフロントガラスが運転席に降り注ぐ。

粉々になったフロントガラスが運転席に降り注ぐ。

運転席も飲み込んでいく。運転手の首ごとえぐり取られる・・・首が吹き飛び、道路に転がる生首・・・恐るべき首チョンパ映像。

運転席も飲み込んでいく。運転手の首ごとえぐり取られる・・・首が吹き飛び、道路に転がる生首・・・恐るべき首チョンパ映像。

車が爆発炎上したところで、物語は終幕する。

車が爆発炎上したところで、物語は終幕する。

ダリオ・アルジェント監督の『わたしは目撃者』(1971年)の伝説の「電車にひかれる人身事故」描写
駅のホームに突き落とされた男がちょうど入ってきた列車の先頭に頭を打ち付ける。その後、電車の下敷きに・・・。

駅のホームに突き落とされた男がちょうど入ってきた列車の先頭に頭を打ち付ける。その後、電車の下敷きに・・・。

『わたしは目撃者』(原題:Il gatto a nove code、英題:The Cat o’ Nine Tails)は、1971年に公開されたイタリア・フランス合作のジャッロ映画。ダリオ・アルジェント監督、ジェームズ・フランシスカス、カール・マルデン出演。原題に動物(nove=猫)が入っている、アルジェントの「動物三部作」と呼ばれる作品の1つ(他の2作は『歓びの毒牙』=鳥と『4匹の蝿』)。

列車の下敷きになって、ひき殺される様子を「電車と線路の間に巻き込まれた男の身体が回転する」形態で描いた。

列車の下敷きになって、ひき殺される様子を「電車と線路の間に巻き込まれた男の身体が回転する」形態で描いた。人身事故まで再現した。

遺伝子研究所の所員のカラブレジ博士がプラットホームから突き落とされ死亡する。電車の下敷きになって無残に死亡する人身事故が映像化された。

スプラッター・ホラー史に残る『オーメン』(1976年)の首チョンパ

フォトグラファーのジェニングス(デイヴィッド・ワーナー)は、ガラス板を満載したトラックが暴走し、ガラス板で首を切断された。忘れられない衝撃のトラウマシーン。

フォトグラファーのジェニングス(デイヴィッド・ワーナー)は、ガラス板を満載したトラックが暴走し、ガラス板で首を切断された。忘れられない衝撃のトラウマシーン。

オカルト映画の記念碑的な名作『オーメン』の首チョンパは、「殺害シーン・人体破壊描写=最大の見せ場」というスプラッター・ホラー史に残る伝説の首チョンパとして語り継がれている。『オーメン』(The Omen)は、1976年に製作されたアメリカ合衆国のオカルト映画作品。6月6日午前6時に誕生し、頭に「666」のアザを持つ悪魔の子ダミアンを巡る物語。1973年の「エクソシスト」に並ぶ70年代のオカルト映画ブームを牽引したオカルト映画の金字塔。「オーメン」は、人体破壊描写を主な見せ場とする『オーメン2/ダミアン』(1978年)、『オーメン/最後の闘争』(1981年)、『オーメン4』(1991年)とシリーズ化され人気シリーズへと成長した。

「オーメン」の最大の見せ場のひとつ伝説の「首チョンパ」。悪魔の仕業で超常現象的に首が切断された。

「オーメン」の最大の見せ場のひとつ伝説の「首チョンパ」。悪魔の仕業で超常現象的に首が切断された。

70年代ブームになった「首チョンパ」の語源
70年代の小学生の間で流行ったドリフターズの『首チョンパ』。首チョンパという言葉、漫画やドラマや映画の中で首チョンパ描写(切株描写)が流行していた。

70年代の小学生の間で流行ったドリフターズの『首チョンパ』。首チョンパという言葉、漫画やドラマや映画の中で首チョンパ描写(切株描写)が流行していた。引用:い☆る☆ま☆静かなる芝居 しゃぼん玉「ドリフターズの「首チョンパ」」

首チョンパとは、首と胴体が切断されることを表した語句。元々はトンボ鉛筆のMONOを1ダース分買うと、おまけ商品として付いてきたおもちゃである。棒状の細長い形状をしており、本体を押すと空気圧でザ・ドリフターズの顔をかたどった先端の人形がスポーンと飛んで行く仕掛けだったらしい。その強烈なネーミングから、いつの間にか首が斬られたり飛ぶ現象の名称として定着するようになり、本来の意味を知らない人も多いかもしれない。

引用元: 首チョンパとは (クビチョンパとは) [単語記事] – ニコニコ大百科

現代の民放では放送が難しい残酷描写のひとつである「首チョンパ」は、70年代から80年代前半のテレビ番組や映画では当たり前のように見られた。見せ場のひとつになっていた。

現代の民放では放送が難しい残酷描写のひとつである「首チョンパ」は、70年代から80年代前半のテレビ番組や映画では当たり前のように見られた。見せ場のひとつになっていた。『ウルトラマンA』(ウルトラマンエース)第3話(1972年)に登場した超獣「バキシム」の豪快な首チョンパ。ウルトラマンAはウルトラスラッシュなどの切断技を使った。

アリス・スウィート・アリス(1976年)

アリス、スウィートアリスは、1976年のアメリカのスラッシャー映画。当時12歳のブルック・シールズが映画初出演を果たしたスラッシャームービー。両親の愛情を妹・カレンに奪われたと感じていた姉のアリス。ある日、カレンが惨殺された。それ以降、黄色いレインコート姿のマスクを被った人物が人々を襲い始める。「12歳のブルック・シールズが天使過ぎる! ! 」と話題になったチャイルド・ホラー作品。


Alice, Sweet Alice (1976) – Trailer

12歳のアリス(ポーラ・シェパード)は、母親につれられて、妹カレン(ブルック・シールズ)と共に教会へ行った。神父にも可愛がられ、母親の愛情を全て受けているかに見えたアリスは、妹に嫉妬を覚えるのだった。 ある日、アリスの歪んだ欲望を具現化するかのように、教会でカレンが惨殺される。事件の捜査にも、家族にも反抗的な態度を示すアリスの犯行なのか? 見え隠れする謎の黄色いレインコートの殺人鬼とは・・・

スナッフ/SNUFF(1976年)

実際の殺人を撮影した映画を指すスナッフフィルムを模して作ったスプラッター映画。

実際の殺人を撮影した映画を指すスナッフフィルムを模して作ったスプラッター映画。

『スナッフ/SNUFF』(原題:SNUFF/AMERICNA CANNIBALE/THE SLAUGHTER)は、1976年のアルゼンチン・アメリカ合衆国合作のスプラッター映画。実際のスナッフフィルムであるかのように喧伝、公開された。南米から輸入した謎のスナッフフィルムという触れ込みで公開された。本編の約90%が殺戮かレイプシーンという衝撃の内容と、製作者や撮影場所すらも不明という前代未聞の異様さで大きな話題を呼んだ。

話題先行で大ヒットしてしまったという作品。『スローター(Slaughter)』というタイトルの低予算スプラッター映画に、撮影班によって情け容赦なく殺されるという新たな結末を付け加えたもの。

話題先行で大ヒットしてしまったという作品。『スローター(Slaughter)』というタイトルの低予算スプラッター映画に、撮影班によって情け容赦なく殺されるという新たな結末を付け加えたもの。

スナッフシーン:映画を撮り終えた監督が、出演女優の一人をほめ、ベットに押し倒す。だが性交を拒む彼女。突如、監督は気が狂ったようにナイフを取り出し、恐怖におびえる彼女の肩を切る。更に指をペンチで、腕を電気ノコギリで、最後には失神した女の腹をナイフで裂き、はらわたを両手でつかみ高々と持ち上げて叫び狂った。やがて、スタッフの声が聞こえてくる。画面は黒くなってゆき、「やばい逃げろ」と聞こえてくるのだった。

スナッフシーン:映画を撮り終えた監督が、出演女優の一人をほめ、ベットに押し倒す。だが性交を拒む彼女。突如、監督は気が狂ったようにナイフを取り出し、恐怖におびえる彼女の肩を切る。更に指をペンチで、腕を電気ノコギリで、最後には失神した女の腹をナイフで裂き、はらわたを両手でつかみ高々と持ち上げて叫び狂った。やがて、スタッフの声が聞こえてくる。画面は黒くなってゆき、「やばい逃げろ」と聞こえてくるのだった。

モスキート/血に飢えた死体マニア(1976年)

主人公が死体損壊にのめり込み、死体の血を吸うまでに死体愛好がエスカレートしていく。

主人公が死体損壊にのめり込み、死体の血を吸うまでに死体愛好がエスカレートしていく。

モスキート/血に飢えた死体マニア(原題:MOSQUITO/MOSQUITO DER SCHANDER)は、1976年の西ドイツの映画。

幼い頃に父親から受けた暴力・虐待が原因で聾唖者となった青年が、他人とうまく付き合えずその反動で墓地に忍び込んでは死体を刻んだり、一部を切り取って持ち帰ったりする。死体の血を吸うまでにエスカレートした彼はやがて殺人を犯してしまう……。

死体から目玉を切り取って持ち帰り、それを眺めて恍惚に浸る。

死体から目玉を切り取って持ち帰り、それを眺めて恍惚に浸る。

死体愛好がエスカレートしたかれはとうとう殺人事件を起こす。カップルを襲う。

死体愛好がエスカレートしたかれはとうとう殺人事件を起こす。カップルを襲う。

オカルト映画の記念碑的な不朽の名作「サスペリア」(1977年)

「パットの首吊り処刑」は、最大の見せ場のひとつ。映画史に残る残酷美を極めた殺人描写。パット(パトリシア)は、バレエ学校の「青いアイリス」の秘密を知ったばかりに、魔女の使い魔にめった刺しにされて「首吊り処刑」される。魔女の使い魔と思われる謎の殺人鬼は、絶命寸前のパットの体にロープを回すと天井のステンドグラスから突き落とす。パットの死体は天井のガラスを突き破って首吊り状態になった。

「パットの首吊り処刑」は、最大の見せ場のひとつ。映画史に残る残酷美を極めた殺人描写。パット(パトリシア)は、バレエ学校の「青いアイリス」の秘密を知ったばかりに、魔女の使い魔にめった刺しにされて「首吊り処刑」される。魔女の使い魔と思われる謎の殺人鬼は、絶命寸前のパットの体にロープを回すと天井のステンドグラスから突き落とす。パットの死体は天井のガラスを突き破って首吊り状態になった。

サスペリア』(原題:Suspiria)は、ダリオ・アルジェント監督による1977年制作のイタリアのオカルト・ゴシック・ホラー映画。ヨーロッパの由緒正しい名門の寄宿制バレエ学校が実は魔女の巣窟だったという少女マンガのような魅力的なストーリー、原色(赤と緑)を生かした鮮烈な色彩美、ゴブリンによる悪魔的な音楽、残酷美を極めた人体破壊描写の芸術的な演出など、すべてが斬新であり、革新的なショック映画、恐怖映画であった。

パットの悲鳴を聞きつけて駆けつけた友人のソニアも、壊れたステンドグラスの破片を浴びて、不運な惨死の道づれとなって鮮血に染まった。顔面に割れたステンドグラスの破片が深々と突き刺さり、さらに鉄柱が首と下腹部を貫いている。当時のオカルト映画としては、屈指の残酷なスプラッター描写。サスペリアは、不条理なまでに美しい美少女ヒロインたちをサディスティックに痛めつける。

パットの悲鳴を聞きつけて駆けつけた友人のソニアも、壊れたステンドグラスの破片を浴びて、不運な惨死の道づれとなって鮮血に染まった。顔面に割れたステンドグラスの破片が深々と突き刺さり、さらに鉄柱が首と下腹部を貫いている。当時のオカルト映画としては、屈指の残酷なスプラッター描写。サスペリアは、魔女の仕業によって、不条理なまでに美しい美少女ヒロインたちをサディスティックに痛めつける。

アンディ・ウォーホルのBAD(1977年)

高層アパートの窓の外に赤ちゃんを放り投げてしまう。地上に落下した赤ちゃんの頭が割れて血が飛び散る。

高層アパートの窓の外に赤ちゃんを放り投げてしまう。地上に落下した赤ちゃんの頭が割れて血が飛び散る。衝撃的な残酷シーンは話題になった。

アンディ・ウォーホルのBAD(原題:ANDY WARHOL’S BAD)は、1977年のアメリカのサイコ・サスペンス映画。大都会ニューヨークに潜む狂気を冷酷非情に描くカルト映画の傑作。

アンディー・ウォーホルのプロダクションにより製作されたサイコ・スリラー。さえない美容院の経営者エイカン夫人はそこを根城に殺人請負業という恐ろしい仕事を行っていた。彼女は情け無用の女殺人集団を組織し、依頼さえ受ければ男を車の下敷きにし指を切り取ったり、映画館に火をつけたりと無法の限りを尽くすのだが……。

「アンディ・ウォーホルのBAD」の赤ちゃんを高層アパートの窓から捨てるシーン(地面に叩きつけられた赤ちゃんは砕け、下にいた女性に血がビチャーッとかかる。通りがかった犬が死体をペロペロなめる)は、衝撃的なショックシーンとして話題になった。

「アンディ・ウォーホルのBAD」の赤ちゃんを高層アパートの窓から捨てるシーン(地面に叩きつけられた赤ちゃんは砕け、下にいた女性に血がビチャーッとかかる。通りがかった犬が死体をペロペロなめる)は、衝撃的なショックシーンとして話題になった。

日本のテレビCMでも放送された「高層マンションの窓から赤ん坊を投げ捨てる残酷シーン(残虐なスプラッター描写)」の予告が物議を醸しだした。

エマニュエル・イン・アメリカ(1977年)

『エマニュエル・イン・アメリカ』は、イタリア映画のもどきシリーズであるラウラ・ジェムサー主演のエマニュエルである「黒いエマニュエル」モノの3作目。

『エマニュエル・イン・アメリカ』は、イタリア映画のもどきシリーズであるラウラ・ジェムサー主演のエマニュエルである「黒いエマニュエル」モノの3作目。

『エマニュエル・イン・アメリカ』(原題:Emanuelle in America)は、1977年のイタリアのラウラ・ジェムサー主演のセクスプロイテーション映画。本番行為を行っていることで悪名高い作品。「黒いエマニュエル」シリーズは、『続エマニュエル夫人』に出演していた褐色の肌のラウラ・ジェムサーが敏腕記者に扮し、世界各国に飛び回るというセクシーもの。

『エマニュエル・イン・アメリカ』の劇中で「スナッフムービー」が上映される。あまりに精巧な作りだったため、本物の殺人映像に見えた。

『エマニュエル・イン・アメリカ』の劇中で「スナッフムービー」が上映される。あまりに精巧な作りだったため、本物の殺人映像に見えた。

エマニュエルがスナッフ・ムービーを取材する。1977年の公開当時は本物と誤解する人が出るほどの完成度の高い特殊メイク・特殊効果を駆使した「スナッフムービー映像」に仕上がっていた。

複数の女性がレイプされ、激しい拷問を受けているスナッフムービー。あまりにもリアルな演出だったので、本物の殺人に見えた。

複数の女性がレイプされ、乳房を切り取られるなど激しい拷問を受けているスナッフムービー。あまりにもリアルな演出だったので、本物の殺人に見えた。

1977年の『猟奇変態地獄』(ビデオ題は『アマゾンの腹裂き族』)では、カニバリズムが題材となり、「食人族に遭遇した調査隊が続々と喰われる中で、エマニュエルだけが肉体を武器に生き残る」という物語が描かれた

悪魔のえじき/発情アニマル(1978年)

『悪魔のえじき』 (Day of The woman/ I Spit on Your Grave) は、1978年のアメリカ映画。 日本公開は1979年6月30日。上映時間は1時間41分。ジャンルはホラー、スプラッタ。劇場公開時のタイトルは『発情アニマル』だった。1977年に実際に起こった事件を元に製作したB級スプラッタホラー。2012年6月16日に『発情アニマル アイ・スピット・オン・ユア・グレイヴ1978』としてリバイバル公開された。

ジェニファーは、体を張った復讐を開始する。男を誘い一緒に入浴し、男性器を用意していたナイフで切断する。血みどろになる浴槽。

ジェニファーは、体を張った復讐を開始する。男を誘い一緒に入浴し、男性器を用意していたナイフで切断する。血みどろになる浴槽。

元祖レイプリベンジムービー。バカンスで湖畔の別荘にやって来たジェニファー。街のチンピラたちは彼女を好奇の目で追い、欲望のまま襲い掛かる。暴力とレイプを繰り返された彼女は、男たちを残らず殺すことを決意する…。入浴中に男性器をナイフで切断するなど痛々しい壮絶なスプラッター描写を伴う復讐劇が展開される。

バイオレンス・スプラッターという括りが存在しなかった当時の日本では、扱いに困ったあげく成人指定の洋ピン(洋モノピンク映画の略称、現在ではアメリカンポルノやヨーロピアンポルノといった呼称が使われる)として公開したのは有名な話。1979年に「発情アニマル」のタイトルでポルノ映画としてひっそりと劇場公開された後、ビデオ発売時は「悪魔のえじき」、TV放送時は「女の日」と邦題を変化させたカルト的作品。


『発情アニマル アイ・スピット・オン・ユア・グレイヴ1978』予告編

The Toolbox Murders(1978年)

The Toolbox Murders(原題)は、1978年のアメリカのスラッシャー・カルト映画。実話を映画化したものだと謳っている。日本では未公開。

ホラー映画史に残る残虐な虐殺シーンの一つとなった「釘打ち機殺人」(ネイルガン)。瀕死の重傷状態に陥った彼女の眉間に止めを打ち込む。

ホラー映画史に残る残虐な虐殺シーンの一つとなった「釘打ち機殺人」(ネイルガン)。瀕死の重傷状態に陥った彼女の眉間に止めを打ち込む。

バスタブの中で自慰行為をする美女(ハードコア女優のマリアンヌ・ウォルター)のところに忍び寄る影。入浴中のところを殺人鬼に踏み込まれた彼女は、全裸で逃げ回り、必死に命乞いをする。釘打ち機(ネイルガン)を発射し彼女を追い詰めていく。壁に突き刺さり、植木鉢を粉砕し、軈て人間の裸体を貫通する釘打ち機の威力をまざまざと見せつける。瀕死の重傷状態に陥った彼女の眉間に止めを刺す描写まで、リアルに表現した演出効果が圧巻。

ラストシーンでは(おそらく眠っている隙をついて、甥を殺害し脱出したと思われる)妹が血まみれのまま、呆然自失で駐車場を彷徨っているシーンが描かれ終わる。

ラストシーンでは(おそらく眠っている隙をついて、甥を殺害し脱出したと思われる)妹が血まみれのまま、呆然自失で駐車場を彷徨っているシーンが描かれ終わる。

真犯人は姿を現しお気に入りの娘を監禁する。妹の兄のジョーイが妹を見つけて救い出すのかと思いきや、彼は殺人鬼の甥っ子に火を点けられ丸焼きで焼死してしまう驚きの展開に。殺人鬼もなんとその甥っ子に殺され、甥が「今日から僕が新しいパパだよ」と妹をレイプ後に再度解禁する。

ラストシーンでは(おそらく眠っている隙をついて、甥を殺害し脱出したと思われる)妹が血まみれのまま、呆然自失で駐車場を彷徨って終わる。

フランス発のゴア・ゾンビ映画『殺戮謝肉祭/屍肉の晩餐』(1978年)

フランス初のスプラッター映画とも評される本作の最大の見せ場「盲目の少女の生首」。あまりにも過激な残酷描写のため、公開当時彼方此方で、上映禁止を食らった問題作。

フランス初のスプラッター映画とも評される本作の最大の見せ場「盲目の少女の生首」。あまりにも過激な残酷描写のため、公開当時彼方此方で、上映禁止を食らった問題作。官能的な恐怖と奇怪な美に彩られている残酷美の極み。

『殺戮謝肉祭/屍肉の晩餐』(原題:LES RAISINS DE LA MORT/THE GRAPES OF DEATH)は、1978年のフランスのカルト的な監督ジャン・ローランのゾンビ・ホラー映画。フランス初のスプラッター映画であると言われている。ジャン・ローランの映画においては結末、筋書、会話、物語(合理性)は、視覚的な美に対して従属的になる傾向がある。雰囲気先行、理屈よりもイメージや感情が先行する監督である。高尚な芸術とエロチックな恐怖の入り交じる、ローランの独特な世界はマニアに熱く支持されている。

盲目女の同居人の男が、突然発狂し、彼女の首に紐を括り、引きずり回した挙句、惨殺死体を家の戸に磔にする(腰から上の半身)。更に手斧で生首を切断し、頭首を持ち歩き、銃撃を受け、死ぬ間際にその生首に接吻するという猟奇性と偏執的な愛情表現に驚愕。

盲目女の同居人の男が、突然発狂し、彼女の首に紐を括り、引きずり回した挙句、惨殺死体を家の戸に磔にする(腰から上の半身)。更に手斧で生首を切断し、頭首を持ち歩き、銃撃を受け、死ぬ間際にその生首に接吻するという猟奇性と偏執的な愛情表現に驚愕。

ローランはフランスのアダルトスター、ブリジット・ラーエの演技力を評価し、『殺戮謝肉祭/屍肉の晩餐 (Les Raisins de la mort) 』へ出演させた。謎の全裸美女として話題になった。

ローランはフランスのアダルトスター、ブリジット・ラーエの演技力を評価し、『殺戮謝肉祭/屍肉の晩餐 (Les Raisins de la mort) 』へ出演させた。謎の全裸美女として話題になった。ブリジット・ラーエは、フランスのセックス・アイコン的な存在に。

ビヨンド・ザ・ダークネス 嗜肉の愛(1979年)

家政婦の呪いが原因で死亡した美しい婚約者アンナ(C・モンレール)の死体を墓場から掘り出し、剥製にする施術シーン。内臓を取り出している強烈なグロシーン。

家政婦の呪いが原因で死亡した美しい婚約者アンナ(C・モンレール)の死体を墓場から掘り出し、剥製にする施術シーン。内臓を取り出している強烈なグロシーン。

『ビヨンド・ザ・ダークネス 嗜肉の愛』(原題:Buio Omega/Beyond The Darkness)は、ジョー・ダマト監督による1979年のイタリアの死姦をテーマにしたスプラッター・ホラー映画。永遠の禁忌であるカニバリズムとネクロフィリア(死体性愛・屍体性愛)を扱った「禁断の映画」として、熱狂的支持を集めた衝撃の問題作。

内臓を喰らっているカニバリズム。内臓系グロ描写と猟奇変態性が見所のキワモノ作品。

内臓を喰らっているカニバリズム。内臓系グロ描写と猟奇変態性が見所のキワモノ作品。

屋敷に連れ込んだ女性の爪を剥ぎ、喉を噛み切り、焼却炉で焼き払う。バラバラに切り刻まれた肉体が、硫酸のバスタブで溶けていく。異常性愛の末路を凄惨な残酷演出でえぐりだす嗜肉の地獄。

家政婦がバラバラになった死体を硫酸で溶かすシーン。猟奇描写とエロティシズムが核となった作品。

家政婦がバラバラになった死体を硫酸で溶かすシーン。猟奇描写とエロティシズムが核となった作品。

【ストーリー】
親の遺産を受け継ぎ、深い森に囲まれた屋敷で暮らす青年フランク(K・カンター)の趣味は剥製作り。彼には美しい婚約者アンナ(C・モンレール)がいたが、年上の住み込み家政婦アイリス(F・ストッピ)が2人の関係に嫉妬し、アンナをブードゥー呪術で病死させてしまう。悲嘆に暮れたフランクは真夜中に墓を暴き、手に入れたアンナの遺体にメスを入れる。愛する者の死肉を食み、剥製にする猟奇を味わったフランクは、殺人と倒錯行為に没頭。血塗られた屋敷は死の匂いにまみれていく。

ホラー映画史に残る記念碑的な名作『悪魔のいけにえ』(1974年)

ホラー映画史に残る記念碑的な名作『悪魔のいけにえ』(1974年)

ホラー映画史に残る記念碑的な名作『悪魔のいけにえ』(1974年)は、若者たちが出掛けた旅行先で殺人鬼・レザーフェイスにより恐ろしい惨劇に見舞われるスプラッターホラー。

『悪魔のいけにえ』(あくまのいけにえ、The Texas Chain Saw Massacre)は、1974年のアメリカ映画。米国テキサス州に帰郷した5人の男女が、近隣に住む人皮のマスクを被った大男「レザーフェイス(本名はババ・ソーヤー)」に襲われ殺害されていく様子が描かれたホラー作品。真に迫った殺人の描写やそのプロットは後に数多くのフォロワーを生み、マスターフィルムがその描写の芸術性のためにニューヨーク近代美術館に永久保存されることとなった。

玄関先でレザーフェイスに取っ捕まるパム

玄関先でレザーフェイスに取っ捕まるパム。狂った人食一家に捕まったらもう、あとは地獄。かつて見たことがない陰惨かつ凄惨な場面と展開の連続。

狂った殺人鬼レザーフェイスになぶり殺される犠牲者たちの絶叫、白目をむいて激しく痙攣する姿を執拗に追ったドキュメンタリー風の映像によって、全編にわたって殺気と緊張感そして不気味な不快感が漂い、観客は哀れな犠牲者たちと同じ不条理な恐怖と痛みを味わうことになる。今までにない恐怖の殺戮映画であった。

食肉を吊るす巨大な鉤針のフックが・・・まさか、パムは背中からグッサリと食肉のように引っかけられ吊るされてしまう。ホラー史に残る恐怖のショックシーン。

食肉を吊るす巨大な鉤針のフックが・・・パムは背中からグサリと食肉のように引っかけられ吊るされてしまう。ホラー史に残る痛々しい伝説の残酷描写・ショックシーン。圧倒的なリアリズムで迫る。真に迫った自然な反応に見えるため、痛さが視聴者にダイレクトに伝わる。

何が起こっているのかわからず泣き叫んでいる女性を「屠殺場のフック」にひっかけるシーンは、かなり痛々しい。ホラー史に残る「痛いシーン」として語り草になっている。

何が起こっているのかわからず泣き叫んでいるパムを「屠殺場のフック」にひっかけるシーンは、かなり痛々しい。ホラー映画史に残る「痛いシーン」として語り草になっている。

レザーフェイスとサリーの恐怖の追いかけっこ。逃げきれるか。

レザーフェイスと恐怖に身震いするサリーの恐怖の追いかけっこ。逃げきれるか。食人一家の犠牲者が出演している本物のスナッフムービーを見せられているかのような嫌悪感。

『悪魔のいけにえ』(1974年)のラストシーンでチェンソーを振り回すレザー・フェイス。ホラー史に残る名場面として語り継がれている。

『悪魔のいけにえ』(1974年)のラストシーンでチェンソーを振り回すレザー・フェイス。ホラー映画史に残る名場面として語り継がれている。

【ストーリー】
1973年8月18日。真夏のテキサスを5人の若者を乗せて走るワゴン車。周辺では墓荒らしが多発していて、遺体が盗まれるという怪事件が続いていた。フランクリンとサリーは、自分達の祖父の墓が無事かを確認する為、サリーの恋人ジェリー、友人のカークとその恋人パムと一緒にドライブ旅行をしていた。途中、乗せたヒッチハイカーの男に襲われるハプニングが発生。車を停めて男を降ろすが、これはこの後彼らに降りかかる悲劇の始まりに過ぎなかった。

現代スラッシャー映画の原点『ハロウィン』(1978年)

現代スラッシャー映画の原点『ハロウィン』(1978年)

現代スラッシャー映画の原点『ハロウィン』(1978年)

『ハロウィン』(Halloween)は、1978年のアメリカ映画。「ハロウィンシリーズ」の第1作目である。多くの批評家からは、アルフレッド・ヒッチコック監督作の『サイコ』から着想を得たスプラッター映画作品群における最初の作品として認知されている。1978年公開の『ハロウィン』でローリーを演じたジェイミー・リー・カーティスは、絶叫クイーンとして名前を挙げられることが多い。カーティスは『ハロウィン』で高評価を得て以降、『ザ・フォッグ』や『プロムナイト』などホラー映画の人気作品へ立て続けて出演した。

殺人鬼「ブギーマン」(本名は、マイケル・マイヤーズ)

暗闇の中、無表情のマイケルが迫る。いつもの日常の風景に怪しい人影(マイケル)が突如現れ、何もせずにじっとたたずんでいる。ひたひたと、残虐なストーカー(殺人鬼)が忍び寄る恐怖を犠牲者同様に観客も味合わされる。

マイケル・マイヤーズの姿、白い無表情の仮面は、得体の知れない化け物感を漂わすホラー史に残る伝説のシンボル・アイコンとなった。マイケルが何かやるごとに客席(観客)から悲鳴が起こった。

マイケル・マイヤーズの姿、白い無表情の仮面は、得体の知れない化け物感を漂わすホラー史に残る伝説のシンボル・アイコンとなった。マイケルが何かやるごとに客席(観客)から悲鳴が起こった。

殺人鬼「ブギーマン」は、映画『ハロウィン』シリーズに登場する架空の殺人鬼(サイコキラー)である。本名は、マイケル・マイヤーズ(Michael Myers)。ごく普通の人間の顔であるが、素顔をさらすことは滅多にない。トレードマークの白塗りのハロウィンマスクを愛用している。銃弾を何発受けても平然と起き上がる尋常でない屈強な身体をしており、ガス爆発に巻き込まれても、10年の時を経て復活している。また、大柄な男性の人間を片腕で持ち上げる怪力の持ち主で、様々な物を武器にして殺人を犯す。


『ハロウィン』予告編 (2018年)
緊迫感を生み出す主観映像、そして白いマスクの男・マイケルの襲い掛かるタイミングとじらし演出を巧みに繰り返し、視聴者の心を揺さぶってくる。

殺人現場に置かれたマイヤーズ家の長女の墓石。ブギーマンは人間離れした怪力の持ち主として描かれている。

殺人現場に置かれたマイヤーズ家の長女の墓石。ブギーマンは人間離れした怪力の持ち主として描かれている。

15年前、包丁で自らの姉を殺害したマイケルが精神病院を脱走し、ハロウィンの夜に故郷に戻る。担当医ルーミスの追跡をよそに、白いマスクをつけ、包丁を手にしたマイケルは殺戮を繰り返すことに。ベビーシッターのアルバイトをしていた女子高生ローリーも命を狙われるが……。ジョン・カーペンター監督の名前を世界中に轟かせることになった大ヒット・ホラー。神出鬼没のマイケルのキャラクターは人気を博し、シリーズ化された。

1963年、イリノイ州ハドンフィールドで殺人事件が起こった。マイヤーズ家で殺害されたのは、その家の長女、ジュディス・マイヤーズ。そして、彼女を殺した犯人は6歳の「マイケル・マイヤーズ」であった。

1963年、イリノイ州ハドンフィールドで殺人事件が起こった。マイヤーズ家で殺害されたのは、その家の長女、ジュディス・マイヤーズ。そして、彼女を殺した犯人は6歳の「マイケル・マイヤーズ」であった。

『ハロウィン』(1978年)の結末は、幻想怪奇な余韻を残して終わる結末。

『ハロウィン』(1978年)の結末は、幻想怪奇な余韻を残して終わる結末。

ラストシーンでは、殺人鬼マイケル(ブギーマン)は、妹のローリーの命を狙うが、宿敵である精神科医ルーミス医師の活躍によって、失敗に終わる。ピストルで撃たれて2階から庭に落下して死亡したと思われたマイケルは、不思議なことに消え去っていた。やや後味が悪い幻想的なファンタジー色を残した趣のあるラストシーンになっている。ジェイソンとは異なり、ラストシーンで見せるマスクの下の素顔は端正な部類に入る。生身の人間であるにも関わらず異様に強靭な肉体を持っているため、拳銃やショットガンや挙句の果てには迫撃砲を喰らってもなお生存している。

ラストシーンでは、6発の銃弾を撃ち込まれ、2階から落下したにも関わらず、忽然と姿を消してしまう。ファンタジーとリアルの世界を行き来するマイケルは伝説のブギーマンなのだろうか?

ラストシーンでは、マイケルは、ルーミス医師に6発の銃弾を撃ち込まれ、2階から落下したにも関わらず、忽然と姿を消してしまう。ファンタジーとリアルの世界を行き来するマイケルは伝説のブギーマンなのだろうか?

ジョージ・A・ロメロ監督の『ゾンビ』(1978年)

『ゾンビ』(原題: Dawn of the Dead, 国際題: Zombie)は、1978年9月にイタリアで公開されたジョージ・A・ロメロ監督のホラー映画。現代(モダン)ゾンビ映画の始祖であるジョージ・A・ロメロが監督した『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』から続くゾンビ三部作の2作目。世界中で大ヒットした。1978年以降のスプラッター映画の流行において、『ハロウィン』が打ち出した超人的な殺人鬼を扱ったスラッシャー映画(殺人鬼ホラー)と、『ゾンビ』が打ち出した人肉をむさぼり食うゾンビを描く映画という、ふたつの流れが主流となっていく。

脳天にマチェテ(山刀)を叩き込まれているゾンビは“マチェテ・ゾンビ”と呼ばれ、一瞬しか出てこないにも拘わらず、彼を演じたレナード・ライズがサイン会を行うほどの人気キャラクター。

脳天にマチェテ(山刀)を叩き込まれているゾンビは「マチェテ・ゾンビ」と呼ばれ、一瞬しか出てこないにも拘わらず、彼を演じたレナード・ライズがサイン会を行うほどの人気キャラクター。レナード・ライズは、アメリカで開催されているホラー映画コンベンションの常連になっている。

本作の残酷描写・見世物要素で特殊メイクを担当したトム・サヴィーニは、「13日の金曜日」を始めとする80年代スラッシャー・スプラッターホラー映画の発展と進化に大きく貢献することになる。

ジョージ・A・ロメロ監督の「ゾンビ」の亜流作品の残酷描写の見せ場

ヘル・オブ・ザ・リビングデッド(1980年)のヒロインの壮絶な最期


ヘル・オブ・ザ・リビングデッド(原題:Virus/HELL OF THE LIVING DEAD)は、ヴィンセント・ドーン監督による1980年のイタリアとスペインの合作によるゾンビ映画。日本での別タイトルは、死霊の魔窟(LD)。本作で、もっとも悲惨な死に方をするテレビリポーターのヒロイン。まずゾンビたちに舌を引きちぎられ、さらに口からもう一度突っ込まれた手で眼球を内側から押し出され両目がこぼれ落ちるという壮絶なもの。

ゾンビ99(1980年)の謎の美女が男性器を噛みきる
知る人ぞしる「黒いエマニエル」(褐色のエマニエル)ことラウラ・ジェムサーが演じる謎の美女が、フェラチオをすると見せかけて、男性器を食いちぎる衝撃的な残酷描写。廃屋でゾンビの群れを撃退したジョンは、浜辺に居た娘に迫るが性器を食いちぎられ絶命、追ってきたゾンビたちに喰われてしまう。

知る人ぞしる「黒いエマニエル」(褐色のエマニエル)ことラウラ・ジェムサーが演じる謎の美女が、フェラチオをすると見せかけて、男性器を食いちぎる衝撃的な残酷描写。廃屋でゾンビの群れを撃退したジョンは、浜辺に居た娘に迫るが性器を食いちぎられ絶命、追ってきたゾンビたちに喰われてしまう。

ゾンビ99(原題:LE NOTTI EROTICHE DEI MORTI VIVENTI / EROTIC NIGHTS OF THE LIVING DEAD / SEXY NIGHTS OF THE LIVING DEAD/ISLAND OF THE ZOMBIES)は、ジョー・ダマト監督による1980年のイタリアのエロティック・ゾンビ映画。南の孤島へバカンスにやって来た若者たちが体験する惨劇を描いた超過激ホラー。過激な残虐行為とSEXシーンの連続は圧巻。

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